ちなみに、“塵”という名前には次のような意味が込められているという。
「両親ともに理系ということもあり、息子には万物を形成する“塵”という名前をつけました。また、物語のなかには出てこないのですが、姉は完全な図形を表す“輪(りん)”という名前なんです」
執筆時は臨機応変に
本書では、『蜜蜂と遠雷』に登場した芳ヶ江国際ピアノコンクールの課題曲「春と修羅」の背景にある物語やマサルと現在の師匠ナサニエル・シルヴァーバーグとの出会い、亜夜のよき理解者である音楽家の奏(かなで)が自身の楽器を選ぶまでの過程などを知ることができる。
一方、本書で初めて出会えるのが、塵の師匠であるユウジ・フォン=ホフマン。『蜜蜂と遠雷』では他界した伝説のマエストロとして、その存在感だけを匂わせていたが、本書の「伝説と予感」では在りし日の姿が描かれている。
「この作品は『蜜蜂と遠雷 その音楽と世界』というCDのリーフレットの付録として書いたものです。ホフマンは伝説の存在なので、私自身は伝説のままにしておくつもりでした。
ただ、リーフレットのご依頼をいただいたときに、誰のことを書くのがいいのだろうかと悩んでしまいまして。必要に迫られる形で、塵とホフマンの出会いの場面を描くことになりました(笑)」
また、「獅子と芍薬」では、コンクールの審査員であり元夫婦でもある嵯峨三枝子とナサニエルとの、若かりしころのエピソードが綴られている。
作中には、ともに入賞したコンクール後のパーティーで、壁の花となっていたナサニエルに三枝子が声をかけ、ふたりで音楽監督に売り込みをする場面がある。実は恩田さんにも、似たような経験があるという。