居酒屋で出会ったお兄さんみたい
当時、自分も精神科に行ってみようとは思わなかったのかと聞いてみた。
「微塵(みじん)も思わんかったけど……、もし通学路にあって、フラッと行けるなら、寄ってもよかったかもしれんですね。そういう意味では、少しは理想に近づけているんじゃないですか。ここは」
患者の平均年齢は30歳前後で7割は女性だ。昼間は忙しい会社員、店員、学生などが中心だが、繁華街という場所柄、水商売の女性も目立つという。共通しているのは「生きづらい」「誰にも相談できない」という心の闇を抱えていることだ。
片上さんが昨年夏に出版した著書『夜しか開かない精神科診療所』には、これまで診た患者たちの事例が紹介されている。
ストレスから盗撮事件を起こした大企業の課長。同僚からのいじめで、うつ病になった独身女性。リストカットを繰り返す風俗嬢。適応障害を発症したバイセクシャルの既婚男性。過食嘔吐がやめられずガリガリにやせた醜形恐怖症の女性。相次いで、うつ病になった有名企業勤務のエリート夫婦……。
「“どうしてこんなになるまで放っておいたの?”と言わずにいられないほど悪化してから来る方もいますが、心の病も身体の病と一緒で、治療に取りかかるのが早ければ早いほど、治りやすい。“何か変だな。調子が悪いな”と自覚した時点で、我慢しないで適切な治療を受けていれば、重症化して長期入院になったりしないですむんです」
初診では時間をかけて、現在の体調だけでなく生育歴や家庭環境まで聞き、そうなった原因を探す。
2回目以降の診察(再診)では、前回の診察からの様子を聞いて薬の調整をしたり、臨床心理士と連携してカウンセリングを行い問題解決の道を探っていく。
評判が高まるにつれ、ほかの病院から移ってくる患者も増えてきた。
吐き気と下痢が止まらなくなったという高橋百合子さん(52=仮名)もその1人だ。
内科に行くとストレスだろうと診断され整腸剤を出されたが治らない。違う内科にも行ったが同じだった。困った末に検索して、ここを見つけた。
「きっかけは何かあった?」
片上さんに聞かれ、彼氏と距離を置いたこと、母の死を受け入れられていないことなどを話すと、片上さんはこう言った。
「わかった。じゃあ、3か月仕事を休もう」
フルタイムで会社勤めをしている高橋さん。3か月という長さにビックリしたが、休んでリセットしたほうがいいと説明されて納得した。
「それまでは、お医者さんに対しても自分のプライベートな話は言いたくなかったんです。でも、自分が心を開いて話をしなくちゃいけないと思って片上先生に話すようになったら、すぐにわかってくださって対応がすごく早かったんです。先生を信頼して、思い切って休んでよかったなと思います」
休職後、仕事にはすんなり復帰できたが、眠れないため睡眠導入剤を処方してもらいつつ、臨床心理士のカウンセリングを受けている。
片上さんは来るもの拒まず。患者はもちろん、噂を聞いたテレビや新聞などメディアが取材に来ても、ていねいに応対している。アウルクリニックの存在を多くの人に知ってもらい、精神科に来るハードルを少しでも低くしたいと考えているからだ。
「この間、風俗嬢が僕のことを、“先生っていうより、居酒屋で出会ったお兄さんみたい”と言っていて、まあまあうれしかったなぁ」
“医者っぽくない”と言われて喜ぶ片上さん。型破りな精神科医は、どうやって誕生したのか─。