もう、よその国の話のよう
双葉町から埼玉県加須市に避難をしている鵜沼久江さん(66)は「もう、勝手にやればー、だよ。最近、双葉町民9人くらいで聖火リレーの話が出たけど、みんな冷めていたよね」と、あきれ返る。
かつて「30年帰れない」と言われた故郷に、10年で「帰れる」と言われた鵜沼さんは、避難指示解除には時期尚早と反対だった。そもそも、町の特定復興再生拠点区域に居住できるのは2年後。しかし町の一部は避難解除され、聖火リレーコースになった。
「双葉町や大熊町を走る人は無用な被ばくをするのではないかと心配だよね。時間が短いからいいでしょ、という話ではないよ。それに、もし、そのときに原発で何かあったら……ということも考える」
3月のお彼岸過ぎの春の風は、海から陸へ吹くことを鵜沼さんは肌身で知っている。五輪の話が決まったときも“何を言っているんだろう”と驚いたが、時間がたてば私も気持ちが盛り上がるのかな、とも思っていた。今となっては開いた口がふさがらない。
「私たちのためじゃなくて、もう、よその国の話のようなんだもの」(鵜沼さん)
聖火リレーを行うにあたり、福島県はコースの放射線量を測定し発表したが、独自に検証を行う人たちもいる。
市民による放射能測定所『ちくりん舎』(NPO法人市民放射能監視センター)もそのひとつ。原発事故の影響が特に懸念される浜通りの調査を行い、3月11日に結果をまとめたパンフレットを発行した。大気中の放射線量、地表面の放射線量、土壌汚染を計測、細かく数値化している。
理事の青木一政さん(67)は予想以上に汚染が残っていることに驚いた。
「少なくとも聖火リレーのコース上は、安全のために徹底的に除染をしているだろうと予想して、その周辺との対比をするつもりだったんです」
だが実際、聖火リレーコース上であっても高い汚染が検知された。例えば飯舘村では、1平方メートルあたり214万ベクレルにも及んだ。事故前はせいぜい500〜1500ベクレルだった。その事実があっても「原発は安全でクリーン」という宣伝のために聖火リレーが利用されるだろう、と青木さんは懸念する。
「そもそもオリンピックは巨額の金を投じ、目先の経済だけをよくするイベントで原発と同じ負の遺産。私はオリンピック自体にも反対です」
また3月11日には、全国の市民放射能測定所のネットワークである『みんなのデータサイト』が、東京オリンピック開催時に予測される土壌の放射能汚染を地図で示し、ホームページ上で無償公開した。原発事故が起きた'11年3月を起点に、五輪が開催される'20年7月時点の数値(理論値)をマップ化したものだ。
「新型コロナウイルスのせいで、原発事故を考えるイベントの中止が相次ぎ、このままスルーされたらいけない、人が集まらなくてもできる活動は何か、という考えから、公開に踏み切りました」
と、事務局長の小山貴弓さん(55)は話す。
小山さんは以前から東京五輪の開催に疑問を抱いてきた。新型コロナ騒動をきっかけに「本当に開催していいの?」と言いやすくなったが、スポーツの祭典として好意的に思う人もいるだろうと考え、これまで明言してこなかった。
その「語りにくさ」を振り返り、こう言い表す。
「日本の病なのかもしれない。人と違うことを言ってはいけない。同じ方向を向け。“オリンピックはおかしい”と言わせない。この不寛容をいつまで続けるんだろう……」
「復興」はひとりひとり、速度もゴールも違う。だが、「復興五輪」で束ねる圧力を前に人々は口をつぐむしかない。