胸に入れたシリコンは今

 有名人とお会いするとき、いつもおちいる錯覚だが、すでにテレビや雑誌で見ているため、初めてお会いするという気がしない。

 逆に私もたまに街なかで見知らぬ人に声をかけられるが、向こうが親しげに志麻子さん、なんて呼びかけてくるから、こっちも知り合いだと勘違いしてしまう。

 さてついに対面できた林葉さんは、テレビや雑誌で記憶に刻まれた鮮やかな美少女棋士でもなく、艶めかしくも生々しいヌード写真のセクシー美女でもなく、今目の前にいる初めて現実に見る生きて動く可憐な林葉さん、だった。

 林葉さんはまさに妖精のような笑顔とたたずまいで登場し、私の向かいに座った。ご本人によると、大腿骨を骨折して人工骨頭を入れている、尾てい骨ももろくなっているので長時間は同じ姿勢で座れない。何かかじるとすぐ歯茎から血が出るけど、歯医者にもなかなか行けないとか。

 しかしちゃんと、ここまで生きてきた確かな体重と生身の呼吸は強く感じた。

 辛子蓮根や名店のケーキなど手土産に持ってきてくれた彼女は、少量ながらおいしそうにYさんが用意してくれた惣菜も食べた。なんだかもう、それだけでうれしくなった。

「当然ながら、お酒はもう飲めないんですが。お酒以外にも、いろいろ制限ありますよ。塩分はきっちり計算して、一日に何グラム以下、と節制しなきゃならないし」

 それでも嬉々として愛鳥の写真も見せてくれ、鳥のコスプレもノリノリでやってくれて、たくさんの写真に収まった。後から見れば、すべてが笑顔だった。

元女流棋士 林葉直子さん 撮影/山田智絵
元女流棋士 林葉直子さん 撮影/山田智絵
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「胸のシリコンは入れたばかりのころはひんやりして、違和感あったけど。こんだけ長く入れてりゃ、もう本物の私のおっぱいですよ」

 もちろん、その胸も触らせてくれた。さすが高須クリニック、とても自然。そんな楽しい話ばかりでなく、苦難の話もしてくれた。

 でも林葉さんは将棋界のスターで、常にちやほやされて大事にされてきましたよね、といった何も知らない私がいえば、やんわりとただしてくれた。

「とにかく、男が偉い世界ですからね。今、藤井聡太くんが対局のときの昼食に何を食べた、休憩時間どんなおやつを食べた、みたいなことが報道されてますが。男性の棋士には、何を食べますかと会館職が注文を聞きに来ても、女流には聞いてくれないんですよ。自分で頼むしかないんです」

 なんというか、そういうのもひっくるめて、将棋界とは私にはわからない遠すぎる別世界なのだった。あちらからすれば、女ということで、広告塔ということで、特別扱いして可愛がってきた、などと反論もしたくなるのかもしれないが。