骨折するほどの壮絶ないじめを受けながら周りの大人からは見て見ぬふりをされた体験から、いじめをなくすには何ができるかを考え続けてきた山崎さん。そのヒントは、中学生時代の読書体験にあった。5年もの歳月をかけて生み出した『こども六法』の誕生秘話と山崎さんの持つ生きる際の信念とは─。

 書店に入ると、最も目立つ場所に平積みで置かれている『こども六法』。2019年8月20日の発売から現在まで、発行部数はすでに64万部を超え、今なお大ヒットを続ける児童書である。

 その表紙にある妙に心をくすぐる動物のイラストと、“こども”と“六法”という異質な組み合わせに、思わず手にとった人も多いのではないだろうか。

 帯に書かれた「きみを強くする法律の本 いじめ、虐待に悩んでいるきみへ」というメッセージが強く目を引く。

 著者は、教育研究者である山崎聡一郎(26)。

 山崎自身が、小学生のときに骨折するほどの暴力的ないじめを受けていたことが、この本の原点にある。

「もしあのとき、僕が法律を知っていたら……」

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9月1日より前にこだわった理由

 かつての自分を救うような思いで、いじめを受けている子どもたちのために「法律を訳す」という、誰も思いつかなかった発想で難題に取り組み始めたのは、慶應義塾大学3年生のときだった。

 しかし、その最初の動機から出版にこぎつけるまでは、何度も困難にぶつかり、実に5年の年月を要した。

 制作は難航したが、山崎は本の発売日を2学期が始まる9月1日よりも前に出すことにこだわった。9月1日は、1年の中で子どもの自殺が最も多い日なのだ。

「その日の前に、どうしても子どもたちに届けたかった」

『こども六法』のページを開くと、第1章の刑法に始まり、刑事訴訟法、少年法、民法、民事訴訟法、日本国憲法いじめ防止対策推進法と、まさにしっかりとした法律の本ではあるけれど、ユニークなのは、その法律の条文が大切なところだけ、子どもにもわかりやすいように抄訳されているところにある。

 しかも、すべての漢字にルビがふってあり、その構成も、子どもが楽しめるように工夫がこらされている。

 左ページには法律の内容がパッと見てわかる見出しと、擬人化した動物のイラストが入り、そのページを見るだけでも十分におもしろい。さらに興味が湧くと、右ページにやさしく訳された条文が書かれてあって、2段階で理解を深められる仕組みになっているのだ。

「読者の想定年齢は、10歳から15歳だったんです。ところがふたを開けてみたら、最も厚い層は、8歳から9歳で、低い層では5歳から読んでるんですよ。最近は、さらに4歳に下がりましたけど(笑)」

 乾いた土に水がしみ込むように、その読者層は、幼い子どもから大人まで、じわじわと着実な広がりを見せている。