一家は離散、苦しみ続ける日々
世間で飛び交っている情報は、事実とは異なる話ばかりだった。
《犯人の少年は、猫を殺していたらしい。近所で、いくつもの猫の死体が発見されている》
《近所の人の話によれば、少年の両親は不仲で、いつも喧嘩していたようだった》
ワイドショーのコメンテーターも、誰が話したかわからない情報を基に、「少年は暴力的ですね。親から虐待されている可能性が高い」などと分析している。
「息子は猫どころか、虫も殺せない子でした。庇うわけではなく、それは事実です」
麻衣によると、息子は幼いころからおとなしく引っ込み思案で、他人に暴力を振るうようなことは一切なかったという。高校生活は順調にはいかず、悩んでいたことは知っていた。でも、週末には家族で旅行に出かけ、話し合う時間は十分に作っていた。それでも、家族にさえ打ち明けられないほど息子の抱えていた闇は深かったのだ。
「殺人犯の親は、“モンスター”でなければ世間は納得しないのでしょう。私も、自分の身に起きるまではそう思ってましたから……」
人を狂気に走らせるものは何か、丁寧な検証が行われ、世の中に伝えられる事件はほとんどない。むしろ、推測の域を超えない、犯罪者やその家族があたかも特殊な人々であったというような情報ばかりが拡散されていく。こうして「あの人たちは特殊な人だから私たちは大丈夫」といった安全神話が作られている。
しかし、筆者は凶悪事件も含め、200件以上の殺人事件の家族を支援してきたがその実態は、どこにでもいるごく平凡な家族である。事件に至った原因は、簡単に結論付けられるようなものではなく、一歩間違えば、どの家族にも起こりうる。
麻衣と夫は報道陣に気づかれないよう、夜中に少しずつ荷物を運び出し、別々の家へと転居した。夫は失職し、麻衣も仕事を見つけなければならない。親子三人は、それぞれ別々の家で暮らすことになった。家族が再び一緒に暮らせる日は訪れるのか……。その目途は立ってない。親として息子が犯した罪と向き合い、被害者への償いを考える日々を過ごしている。