夫が300万円を「贈与」に切り替えて請求

「父から聞いたよ。借りてない、もらったって言い張るなら僕のほうから請求させてもらうよ」

 今度は夫から寛子さんへLINEが届いたのです。借用による請求が通用しないとわかるやいなや、今度は贈与に切り替えてきたのです。

 夫婦が結婚期間中に築いた財産は共有です(民法762条の1)。そして夫婦離婚するとき、お互いに共有財産を分け合わなければなりません(民法768条)。一方、夫婦の一方が自己の名で得た両親からの贈与や相続、独身時代の分は夫婦の共有ではなく、それぞれの特有財産です。(民法762条の2)。今回の場合、義父からの頭金は特有財産に当たるでしょう。

 自宅購入の頭金は夫の特有財産だったのが、いつの間にか妻名義に切り替わってしまったので、その分を妻は返すべきというのが相手方の言い分です。夫は大義名分を「離婚の財産分与」に変更し、請求者を夫にすれば請求できると思っているようです。

 もし、頭金の分だけ寛子さんが自宅の権利を持っているのなら話は別です。しかし、自宅の権利者は夫のみです。寛子さんは権利を持っていないので、頭金を寛子さんが受け取ったわけではありません。

夫は離婚時の契約で妻への請求権を放棄していた

 ここで、離婚時に夫婦間で交わした「離婚給付契約書」の第5条(※前編を参照)に「甲乙は本件離婚につき相手方に対して本証書に記載した内容以外、何らの請求をしないことを相互に確約する」と入れておいたのが功を奏しました。この条文により、夫は寛子さんへの請求権を放棄したので、離婚後に請求するのは無理です。

 寛子さんは夫へそのことを伝え、「私のことはすでに決着してますよね」とLINEを返したのですが、それ以降、夫そして義父母から音沙汰はなく、3か月が経過しました。ようやく寛子さんは頭金の悪夢から解放されたのです。

 このように寛子さんは夫不在という点を除き、今までと何も変わらない生活を手に入れることができたのです。結局、一銭も払わずに離婚が実現したのは不幸中の幸いでした。

「今後の人生は娘と2人で頑張って生きていきます。コロナで外勤から内勤に変わり、まだ仕事に慣れませんが……今後も私のような人たちを救ってください。どうかお身体には気をつけて頑張ってください」

 と言い残し、事務所を後にする寛子さんに筆者は、

「鍵だけは交換しておいてくださいね」

 と送り出したのです。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/