ジュースを我慢して、お姉ちゃんにお花を
突きつけられた事実と、ひとり残された孫の存在は、高齢の夫婦には、あまりにも残酷なものだった。
だけど、目の前には両親と姉を亡くした孫が、懸命に生きようとしている。
姉の死を目の当たりにした海音ちゃんは、一生懸命、事実を理解しようと、お姉ちゃんに一通の手紙を書いていた。
◆ ◆ ◆
熊谷花瑚おねえちゃん
あたらしいかんじ おぼえたよ。
熊谷花瑚
熊谷海音
てんごくへのぼっていった おねえちゃんへ
けんかもいっぱいしたけれど
いっぱいあそんでくれてありがとう。
りくが車の中でないてたよ。
おねえちゃんが
てんごくへのぼっていったから
ないてたんだね。
ホワイトデーのプレンゼントも
おねえちゃんにもいただいたよ。
うれしいね。
うちね りくぜんたかだにてんこうするの。
おねえちゃんのために うち がんばるね。
◆ ◆ ◆
「いつ書いたのか、まったく気づきませんでした。ある日“お姉ちゃんにお手紙書いた”って、お骨の前に置いてあったんです。この子の前では泣くまいとは思っていますが、涙が止まらなくてね……。まだ7歳なのに、よく書けている。息子は亡くなりましたが、この子ひとりを残してくれたことが、最後の親孝行だと思うんです」
と、祖母の隆子さんは声を震わす。手紙の中に出てくる「りく」とは、姉妹が仲よくしていた男の子の名前だ。
一緒に住み始めて約2か月、廉さんも隆子さんも、海音ちゃんの泣きごとを、いまだかつて聞いたことがない。
「とにかくよくしゃべる子で“なんで?”“どうして?”が多く、納得するまで質問してきます。たまに、答えられなくて困ることもありますが、手伝いはよくしてくれますよ」(隆子さん)
週刊女性は祖父母のお手伝いをする海音ちゃんを目撃している。
まだ物資が不足している市内では、食料や生活用品などを積んだトラックが、各地域を回っている。そのアナウンスを聞いた住民は、カゴを持ってトラックに集まる。海音ちゃんは、隆子さんと一緒にティッシュペーパーやお米などをカゴに入れていた。
「重たいでしょ、持つよ」
隆子さんがいうと、
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
といって、海音ちゃんは山盛りのカゴを、両手で一生懸命持ち、最後までひとり、自宅まで運んでいた。
「私もボランティアで働いていたんですが、重たいものを持って腰を痛めてしまったんです。そしたら海音が、4リットルの水を持ってくれるんですよ。だから“ご苦労さん”っていって、お駄賃を100円あげるとね、それがうれしいみたいで、いくら貯まったって毎日計算してますよ」(廉さん)
手伝いを目撃した翌日、海音ちゃんは貯めたお小遣いを持ち「ジュースを買いに行く」と、近所の小さな商店に向かった。そして、
「ただいまー。ジュース買わないで、思い切ってきこれ買ってきちゃった! これ580円もしたんだよ〜」
と、その手には花束が握られていた。
「迷ったんだけど、お花枯れてきちゃったから思い切っちゃった。だって、お姉ちゃん寂しそうなんだもん」
道でたんぽぽを見つけると、お姉ちゃんのために摘んで供えていた。お姉ちゃんの周りには、いつもお花が飾ってあった。が、その日、海音ちゃんが見たお花は、やや枯れかけていたのだろう。
「驚きました。この花は“1000円札出しておつりもらったの”って。お姉ちゃんのために、がんばって貯めたお金使って……。かあちゃんと2人で顔見合わせて“参ったな〜”ってね」(廉さん)
「その気持ち、とてもうれしかった。でも、本当にびっくりしました。お姉ちゃんに、きれいなお花をあげたかったんでしょう。“ちゃんとお水取り替えてね”といって、にこにこしていました」(隆子さん)
いつも笑顔で、おしゃべりが大好きな海音ちゃん。その姿を見て、廉さんも隆子さんも支えられているというが、それでもまだ7歳の子ども。パパとママは、一向に迎えに来てくれず、そのことだけは、いつもと違って「なんで?」「どうして?」と、聞けないでいる。
「“今日はね、いい夢を見るんだ”って、敷き布団の下に大好きな本を並べて寝るときがあるんです。お姉ちゃんの位牌が置いてある居間で寝ているんですが、お姉ちゃんのことを思い出したのかな、怖い夢でも見たのかな、って思うときがあります。パパとママのことは、自分からはストレートにいいませんが、たまに、かあちゃんにいうときがあるようですね」(廉さん)
壊滅的な被害を受けた陸前高田市だが、廉さん宅の崩壊は免れた。しかし、断水のせいでトイレは使えず、各家庭の庭先には、仮設トイレが設置されている。
夜、寝る前に必ずトイレに行く海音ちゃんは、よく夜空を見上げる。