師匠のもとで流した悔し涙
一人前の漁師となった晶さんは、四郎さんのもとから独立。
上げ場のある真名瀬漁港に、初めて『桜花丸』と名づけた自分の船を持った。
「葉山の漁師は準会員を含めても100人あまり。そのうち1年中漁に出ている専業漁師は私を含めて20人ほど。春から夏にかけてワカメやヒジキ、素潜り漁である程度稼ぎますが、冬場はひと月5万円いかないこともあって。それだけじゃ食べていけないから、近所のカフェで『魚料理を出さないか』と誘われて、2年間店長をしたこともあります」
葉山の漁師は忙しい。
3月に入ると天然ワカメ漁が解禁になる。毎朝7時には港に行き、前日干したワカメを取り込み、漁に出る。船の上から海中を箱メガネで覗き、長い竿の鎌でワカメを切る。港に帰ってくると大きな釜に湯を沸かし、ワカメを湯がいて干す。さらに家に帰ったら自宅でワカメの袋詰め。休む暇はない。
4月になるとヒジキ漁が始まる。ヒジキ漁も採った後に大仕事が待っている。釜に入れてひと晩かけて薪で蒸すのだが、温度調節が難しい。さらに乾燥させたものをひとつひとつ手作業でチェックして、ごみ取りを行う。
6月からは素潜り漁。夏場はタコ漁、そして魚の通り道に網を仕掛けて魚を獲る刺し網漁でシタビラメも狙う。冬場には、長い竿を使ってサザエやアワビを突くみづき漁、ナマコ漁も最盛期を迎える。
独り立ちした当初は、戸惑うことも多かった。
晶さんの腕前について、同じ年に漁師になった真名瀬の池田さん(74)はこう話す。
「海の中はウツボをはじめおっかない魚がウヨウヨしているのに晶はおかまいなし。素潜りで10mくらい平気で潜って視野も広いし鋭い目を持ってる。天性の漁師だな」
ともにヒジキ漁に出ることもある池田さんは、きめ細かな仕事ぶりを絶賛する。
「晶のつくるワカメもヒジキも仕事が丁寧で、見た目もきれい。だから売れる。何をやるにも前向きで一生懸命だから応援したくなるんだよ」
しかし、漁師仲間とはいえ、みんながライバルでもある。意地とプライドをぶつけ合う漁師の世界にたった1人で飛び込んだ晶さんも洗礼を受けた。
真名瀬漁港に来たばかりのころ、港で四郎さんに教わったやり方で網を編んでいると、
「なんだ、この編み方は!こんなんじゃダメだ」
「あんな網でイセエビ獲ろうとしてんじゃねぇよ」
そんな罵声が飛んできたことも一度や二度ではなかったと、晶さんは振り返る。
「ある台風の日、タコの仕掛けを入れっぱなしにしていたら、『早く上げてこいよ』とまわりに言われたのを真に受けて、うねりが高い中、危ない目に遭って帰ってきたんです。そうしたら、『なんだオメェ海に出たのか。こんなときに出たらダメだろ』と言われて……。ようやく、からかわれていることに気がつきました」
嫌なことがあるたび、四郎さんの小屋に行って悔し涙を流した。
「アイツらの言うことは真に受けるな」
そんな四郎さんの言葉に救われながら、漁獲量を競い合う漁師界の厳しさを悟った。
「人のことは気にせず、自分の判断でやらないとダメだ。そういったことが身に沁みてわかりました」