師匠と姉の志「海を大切に…」
昨年、コロナウイルス感染拡大の影響で朝市は休業に追い込まれた。代わりに始めたのが、ビーチクリーンの活動だ。朝市の実行委員のメンバーが中心となって真名瀬海岸の清掃に取り組んでいる。
時折、海岸のゴミを拾い集めながら、亡くなって9年の月日がたつ姉と、高齢で引退した師匠の顔が浮かぶという。
「環境問題にいち早く目を向けた姉と、『海は大切。獲るだけじゃない』と言って小さな海の生き物を逃がし、海岸のプラスチックゴミを拾い集めていた四郎さんの姿をよく思い出します」
大切な2人の志を継いで奔走する晶さん。
子どもができ、母になったことで環境問題については、より一層深く考えるようになったという。
「自分で獲って食べるって生きるうえで大切なこと。それが子どもたちの世代でできなくなるのはかわいそう。これ以上、獲れなくなったら、子どもたちは将来何を食べるのかなって。弟子のころ、四郎さんが言っていたことが、今、すごく胸に響いています」
修業時代、漁を終えた2人が真名瀬の海岸で肩を並べて網を繕う。その姿は、葉山の海の風物詩だったと四郎さんの旧友・佐久間さんは言う。
「いいコンビだったよ。最初で最後の愛弟子をとったことで、いつか四郎さんが亡くなっても技術や考え方は晶ちゃんに伝承される。四郎さんも、うれしいんじゃないかな」
最近、晶さんのもとには、「海の仕事がしたい!」と目を輝かせる高校生の男の子が手伝いにくるようになった。
「獲ってきたヒジキを釜に入れてじっくり蒸していく。一緒にそんな作業をしながら、食材がどうやって人の口に入るのか話しています。でも、いちばん伝えたいのは、ヒジキもアワビもサザエもこんなに少なくなってしまっているんだよってこと。サステナブルとか、SDGsって言葉を使うのは、まだちょっと気恥ずかしいんですけど(笑)」
子どもたちのためにも、なんとか葉山の海を守りたい。
漁師になって8年。その思いが年を重ねるごとに晶さんの中で強くなってゆく。
「朝4時くらいにはそわそわしちゃって、毎年ワクワクが増えていく。漁に出るのが楽しみなんです。なんというか、ギャンブル要素がこの仕事の醍醐味。だからこそ、獲れなくなるのは困る。おばあちゃんになっても、漁師を続けていたいですね」
漁師は今、ただ魚介類を獲るだけでは生きていけない。朝市に始まり、直売所、ネット販売、新しい葉山ブランドの開発、そして海を守る活動─この仕事を次世代につなぐため、晶さんの挑戦は続く。
〈取材・文/島右近〉
しま・うこん 放送作家、映像プロデューサー。文化、スポーツなど幅広いジャンルで取材・文筆活動を続けてきた。ドキュメンタリー番組に携わるうちに歴史に興味を抱き、『家康は関ヶ原で死んでいた』(竹書房新書)を上梓。神奈川県葉山町在住。