巨匠・五所監督からかけられた
忘れられない一言
五所監督とは、私がデビュー間もないころ、尾崎士郎の『ホーデン侍従』を映画化した『欲』という映画でご一緒させていただいたことがあった。実は、このとき私は父が危篤状態に陥ってしまい、ロケ先の島根県で、不安のあまり毎日泣いていた。
そんな私に対して、五所監督は、「人はいずれ死ぬんだよ。君も僕も死ぬんだ。君が泣いていて仕事ができないと、お父さんも悲しむよ」としみじみ声をかけてくださった。父は、間もなく息を引きとったけど、その優しいお声が、いまでも忘れられない。
20歳になるかならないかで出演した『欲』は、伴淳三郎さん、森繁久彌さん、三國連太郎さんといった、錚々たる俳優陣がキャストに名を連ねていた。
私は、伴淳さんの娘役。そして、伴淳さんのお友達役として千田是也先生が出演していらっしゃった。千田先生は、東野英治郎さんらと俳優座を創立し、亡くなるまで同座代表を務めた方。つまり、俳優座養成所で教えをこうた私からすれば先生であると同時に、神様のような人だった。築地警察署で拷問死したプロレタリア作家の小林多喜二さんの遺体を引き取り、デスマスクを製作したことでも知られる御仁でもある。
伴さんと私が一緒にいるところに、お友達である千田先生が訪れる──というシーンだったのだけれど、本番が始まる前にセットの隅で準備している千田先生を拝見すると、緊張でガタガタと震えているお姿が見えた。
神様が震えている。その姿に衝撃を受けた私は、常に初心の気持ちを抱いて、現場に臨むことの大切さを、そのとき教えていただいたのだと思う。忘れられないお姿。感動した。
私が生まれ育った生家が、年内中に取り壊しになるという。人が年老いていずれ死ぬように、ものもいつかは朽ちていく。でも、大切な三島の景色が、またひとつなくなってしまうのは、とってもさびしい。
(構成/我妻弘崇)