「育てる自信がないよ」と弱音を吐く夫

 一方、夫が親権を持つ場合はどうでしょうか? 志保さんは「真珠のことはあなたに任せたいの」と提案したのです。夫は志保さんからの打診を受け、てっきり諸手を挙げて喜ぶと思っていたのですが、そうでもなかったようで……。「俺の稼ぎを知っているだろう? 育てる自信がないよ」と弱音を吐いたのです。

 同じ算定表を使うと妻から夫への養育費は月9万円が妥当な金額です。それを踏まえた上で志保さんが「養育費はちゃんと払うから」と言っても、夫は「今の生活を変えたくないんだ」と首を縦に振りません。「まさか娘さんの親権を譲り合うなんて……厄介者みたいな扱いじゃないか」志保さんからの報告を聞き、筆者は開いた口がふさがりませんでしたが、「旦那さんが気にしているのは住宅ローンでしょう」と言い当てました。

 結婚生活のなかで食費以外はすべて志保さんが負担してきました。志保さんが出て行くからといって食費しか負担してこなかった夫がいきなり住宅ローンを返済するのは無理があります。しかも食費は志保さんがいなくなったからといって単純に3分の2になるわけではありません。

 そこで志保さんが「それなら、いくら払えばいいの?」と投げかけると、夫は「ローンを払ってくれるなら」と言い出したのです。住宅ローンは月10万円。養育費と合わせると月19万円なので大きな負担です。もし、この条件に応じた場合、志保さんの手元に残るのは新卒の月収程度。筆者は「離婚後、ご実家に戻らずにひとりで暮らすなら、ほとんど手元に残りませんが、それでもいいのでしょうか?」と念押ししました。

 しかし、すでに夫婦の溝は修復困難で離婚が確実なため、娘さんに今の家を残してあげるには、夫が親権を持ち、志保さんが夫の言い値を払うしかありませんでした。さらに志保さんは家族の蓄えとして11年間かけて450万円を貯めてきたそうですが、「真珠のためなら」と月9万円の養育費、月10万円の住宅ローンに加え、この450万円も渡すことを約束したのです。娘さんを守るため、自らを犠牲にすることをいとわなかったのは勇気ある決断です。

親権と自分の人生を天秤にかける母親は増える

 ここまで母親なのに離婚時、わが子の親権を手放したケースを紹介してきました。今まで子どもは何者にも代えがたい唯一無二の存在でしたが、今は違います。近年、女性の社会進出により、十分な収入と一定の貯金、そして仕事に対するやりがいやプライド、そして縦横の人脈を手に入れました。さらに男性の育児参加により、余った時間を趣味や美容、交友関係に振り分けることもできます。

 全体でみると母親が親権を放棄する割合はわずか10%に過ぎません(2019年度の司法統計、離婚の調停や審判において定める親権者は夫が1,727件、妻が17,358件)。もし、夫との離婚を避けられなくなった場合、仕事や趣味など“その他”の部分を維持しつつ、子どもの親権を獲得し、どちらも両立することができればいいでしょう。

 しかし、両立できなかった場合、どちらを取るのかを検討しなければならず、その結果、親権をあきらめる母親が増えても不思議ではありません。子どもの親権と母親の人生が比較される対象になったのは確かなので、離婚時にまた新しい悩みが増えたと言えます。ただし、親権を手放しても、子どもの親としての役割をきちんと果たすことは決して忘れてはいけないでしょう。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/