山梨県のキャンプ場で、当時小学1年生だった小倉美咲ちゃんが行方不明になっても9月21日で2年。ノンフィクションライター・水谷竹秀氏が母の小倉とも子さんに取材を試みたところ……。(情報提供:https://misakiogura.com/)
「美咲が一緒じゃないと楽しめない……」
山梨県道志村のキャンプ場で小学3年生の小倉美咲ちゃん(当時7、現在9)=千葉県成田市=が行方不明になってから9月21日で2年──。
当初は美咲ちゃんの「み」という言葉を聞くだけで敏感に反応し、泣きじゃくっていたという3学年上の小学6年生の姉(12)にようやく、心境の変化が見え始めた。
「思い出してしまうので長女はしばらく山梨に一緒に行けませんでしたが、徐々に捜索活動に協力してくれるようになり、前向きな姿勢に変わりました」
そう語る母親のとも子さん(38)は、今も毎月2回ほどのペースで、千葉の自宅から山梨へ車で通う。協力してくれる家族や友人、ボランティアの人々と一緒に、現場となったキャンプ場の来場者に情報提供を呼び掛け、ちらし配りを続けているのだ。
「行方不明から1年ぐらい経って姉もちらし配りに参加できるようになりました。今は、美咲が戻って来たら何を食べようか、何をしようかという話ができるまでになったんです」(とも子さん・以下同)
ところがまだ幼い姉の胸の内は、やはり複雑だった。そんな不安定な幼心を今年夏、とも子さんは目の当たりにすることになる。
つきまとう誹謗中傷
美咲ちゃんが行方不明になった2019年9月21日以来、とも子さんが山梨へ通ったのはおよそ50回を数え、印刷したちらしは68万枚に上った。
ガソリンや高速代など交通費は往復で1回2万円弱かかり、ちらしの印刷代や掲示の協力者への送料なども含めると、美咲ちゃんを探す活動に使った経費の総額は、少なくとも330万円。
そんな地道な活動を重ねても、とも子さんの思いは未だに実を結ばず、心が沈んでしまいそうになる日もある。
「こんなに長い間、美咲と会えなくなるとは思ってもみませんでした。1日1日できることを全力でやってきたらいつの間にか2年が経った感じです。風化への恐れはありますが、今も美咲のことを気に掛けてくれる人がたくさんいるので、私はそこに希望を見出し、活動を続けています」