父の自殺、弟の借金問題
1996年の秋のことだった。遺書はなかった。
亡くなったのは大分郊外の山の中。木にロープを巻き、首を吊るかたちで父親は自らの生涯を閉じた。まだ55歳の若さだった。
生前、大きな詐欺事件に遭い、「これ以上やっていけない」とこぼしていたらしい。
ひろ子さんとは、25年以上の付き合いになる福尾由香さん(57)は、父親の訃報が届いたとき、隣にいた。
「『お父様が亡くなられた』という電話が突然かかってきて。大変なことが起きたのに、すごく健気に振る舞ってて、『この年齢で受け止められるのはすごいな』と思いました。彼女は『お嬢様』って感じの可愛らしいタイプ。なのに、その後も、ずっと『独り立ちしなきゃ』と自分にプレッシャーをかけていたのが印象的でしたね」
遺産相続は放棄したが、父親は生命保険をかけており、ひろ子さんと弟に分配された。
ところがある日、九州の国税局から連絡が入る。
「弟さんが相続税を納税していないので、お姉さんが納めてください」
弟は、東京の大学に入学し、塾講師のアルバイトをしながら頑張っていると聞いていた。
しかし、知らぬ間にギャンブルの世界に身を置き、父親が遺した生命保険金はすべてギャンブル仲間に巻き上げられていた。
すぐに弟の未納分を肩代わりしたが、事は収まらず、「弟さんにお金を貸してるから、お姉さん返してくださいよ」と悪い仲間から電話がかかってくるようになる。
ひろ子さんは、探偵の力を借りて、消息がわからなかった弟の居場所を突き止め、九州へ逃がした。
何とか弟には更生してほしい──そんな思いで福祉の専門学校への入学を手配。離婚後、福岡に移り住んでいた母親に弟を託した。
「弟は幼いころから成績もよく、学校で生徒会長を務めるほどの人気者でした。東京の大学に進学して商社に入社、営業成績もナンバーワンだったのに……。それが大金を手にしたことで、人生を狂わせてしまったんですね」
弟の騒動が一段落したころ、ひろ子さんは疲弊しきっている自分に気づいた。
「せっかくマナー講師になる夢を叶えて羽ばたこうとしているのに、次々と邪魔をするようなことが起きる。もう、いいかげんにしてほしいって。それに、このまま日本にいると、弟を甘やかしてしまいそうで……。この機会に日本を離れ、マナーの本場である英国では何をもってマナーといっているのか自分の目で確かめたいと思いました」
両親の離婚、父の自死、弟の借金、家族の問題で疲れ果てた彼女は、31歳のとき、自由を求め、イギリスに飛んだ。