「『自サバ女』は、“サバサバ”の意味を、自分の都合のいいように解釈してしまっています。それにより、自分の欠点を正当化しているところがあります。
例えば、“空気を読まない”“人の気持ちを察することをしない”というこまやかな心配りができないところを、本人は“サバサバしている”のだと解釈してしまっているところがあります。でも、それは、サバサバというよりは、無神経なだけ」
そう話すのは、『愛される人の境界線』など、恋愛や“大人女子”についての著作も多いコラムニスト・ひかりさん。
自サバ女は「他称ネチネチ女」
「本当のサバサバしている女性ならば、人付き合いにおいては、相手に気を遣ったり、相手の思いを酌んだりすることで、自分の意見を抑えることもあるし、サバサバできないところも。
でも、それこそが、思いやりです。だから、単にサバサバすればいいわけではないんですよね。サバサバが本当なら、大らかな性格だから、細かいことは気にせず、スッキリ、さっぱりした性格の人のこと。執着を持たない、固執しない人」(ひかりさん、以下同)
一方、自称のほうは……。
「自サバ女は、その逆で、大らかさがないので、細かいところを気にしてしまうことが多いし、根に持ってしまうので、性格がサッパリしていないところも。つまり、『自称サバサバ女』イコール『他称ネチネチ女』といえるかもしれません。
例えば、漫画『ワタシってサバサバしてるから』の自称サバサバの主人公は、“人に自分を認めさせること”に固執しています。だから、自己アピールが強い。
“私って、こういうタイプなの”と自分を押しつけてしまう。また、他人を貶めて、自分の価値を上げようとする。“私って、サバサバしているから”というのは、自分は素敵な人間だと、人に認めさせようとしている言葉なのです」
なぜ「自サバ女」になってしまうのだろうか?