死んでもおかしくなかった辺境の旅

 再び新宿・池林房。ビールのお代わりを頼むと、椎名さんは旅の話を始めた。

「チリにホーン岬という岬があってそこを回航するのが命がけなんですよ」

 南アメリカの最南端である。南極との間の海峡はドレーク海峡と呼ばれ。世界で最も荒れる海峡といわれる。

釣果を味わうシーナ隊長と、雑魚釣り隊ドレイ頭の竹田さん。雑魚を求め全国を飛び回る 撮影/内海裕之
釣果を味わうシーナ隊長と、雑魚釣り隊ドレイ頭の竹田さん。雑魚を求め全国を飛び回る 撮影/内海裕之
【写真】黒い馬のはずが白い馬に…マイナス40度のシベリアを馬と横断

「そこをね、チリ海軍のいちばんちっちゃな駆逐艦に乗って行ったことがある。死んでもおかしくなかったね。低気圧がやってきて、軍艦といっても鉄の塊ですから、案外もろいんですよ。

 僕は船室に入っていた。すると音がいろいろ聞こえてくる。その戦艦のスクリューが空中に上がって、ガーッと空回りする音が聞こえてましたよ。つまり波の上に乗っちゃったわけ。ドレーク海峡は“吠える海峡”といわれ、そこで何艘沈没して何人死んでいるかわからないという、危険な海なんです

 アルゼンチンのパタゴニア地方、世界自然遺産にも登録されているロス・グラシアレス国立公園でも、椎名さんはとんでもない体験をした。

「アルゼンチンはものすごく風の強い国なんですね。そこをローカル飛行機、双発機でね、10人乗りくらいの。それであちこち乗り継ぎで旅したことがある。地方の、建物なんかまったくないような、それでも空港というんですけどね。飛行機が降りてくると係員がダーッと走ってきて、みんな鎖を持っていて、その鎖で車輪から翼から何から飛行機を留めるんですよ。風が強いから、そうしないと飛行機がひっくり返っちゃう」

 そこにはフィッツロイ山という標高3405メートルの、嵐でいつも荒れている山がある。

「フィッツロイ山へ飛行機で行こうとしたら、すごい勢いで飛び上がるんだけど、窓から見ると、いつまでたっても空港や滑走路が小さくならないんですよ。空中で止まっているんでしょうね。強風で」

 その旅からの帰りの飛行機で、椎名さんは尿意を催した。

「けれども10人乗りの飛行機にトイレはついてない。で、あちらでは、平らな草っ原があると、飛行機を着陸させちゃうんですよ。降りて、みんながあちこちで小便したり大便したりするんですね」

 用をすませた椎名さんが周りの草原を見渡すと、珍しい花がたくさん咲いている。椎名さんは、接写レンズでそんな花々を撮影し始めた。

「飛行機からだいぶ離れちゃったんですね。そしたら、飛行機のプロペラの回る音がする。あれ?と思って見たら、飛行機がそろそろと動きだしているんですよ。パタゴニアの連中はのんきだから、数も数えないで、みんな乗ってると思ってるわけ。

 僕は走って行って、飛行機のプロペラの前に立って、“おーい!”と叫んだんだけど、聞こえもしないし、見えもしないんですよ。あんまり近づくと危ないんで、どうしようかなと思っているうちに飛行機は飛んでいっちゃったんですね。置いてけぼりですよ

 困ったなあと思ったが、日が暮れるまでには時間があった。とにかく道を探そうと歩きだし、どうにか見つけて、さらに歩いていくと湖があった。そのそばから煙が立ち上っているのが見えた。

「それは誰かがいるということ。行ってみたら、森林審査官の家庭だった。そこで事情を話したんですよ。といっても、スペイン語しか通じないから、うろ覚えのスペイン語と英語を交えながらね。そしたら少しわかったようで“あ、こいつ、置いてけぼりになったんだ”と。パタゴニアでは珍しくないみたいなんですね(笑)」

 そして町までの道を聞いたのだが、馬でも1時間かかる距離。親切にも馬を貸してくれ、ようやく町にたどり着き連絡が取れたのだった。

 旅の話は、ビールを片手にまだまだ続く。

古代遺跡・楼蘭の探検にあたり出発半年前から身体を鍛えて臨んだ
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 南米のパンタナルという世界一の大湿原でカウボーイに弟子入りし、380頭の牛を2泊3日で送り届けたときの過酷な仕事と、落馬して肋(あばら)を折り湿原に取り残された話。

 ドキュメンタリーの撮影で、007よろしくヘリコプターから酸素ボンベを背負って海へ飛び降りた話……。