冒険家の妻と家族のものがたり

 椎名さんは、'68年に一枝さんと結婚した際、渡辺家の籍に入った。'70年に長女の葉さんが誕生し、'73年には長男・岳さんが誕生している。

 渡辺一枝さんは'87年までの18年間、東京の近郊の保育園、障害者施設で保育士を務め、退職の翌日に初めてチベットに出かけて、その後に作家活動に入っている。チベットについてだけでなく、原発事故後の福島に関する著書も多い。

「うちの“おっかあ”は僕よりもすごい冒険家で、いっぱい本を書いてます。それを読んで驚いたんですよ。チベットを馬で行くという本で、彼女が5か月間、実質的に行方不明になっていたことを知りました。知り合いのチベット人3人と一緒に、チベットを馬でずーっと駆け回って一周する冒険旅行なんですね。3回、死にそうになっていました。すげえ旅をしてたんだなって。

 そんなのが伴侶でいますからね。僕なんかは、どっかでいつか帰ってこなくても全然不思議じゃないな、と思ってるんですよね」

長男・岳さんと。のちに椎名さんの小説のモデルにもなった
長男・岳さんと。のちに椎名さんの小説のモデルにもなった
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 椎名さんの代表作のひとつ『岳物語』は、息子の岳さんの子ども時代のエピソードを書いた私小説だ。後年、成長した岳さんはこれを読んでずいぶん怒ったらしい。

「自分のことを勝手にあれこれ書かれているのだから、怒っても当然なんだけど、当時は距離を置かれましたね。でも、彼も年をとってきて、人の親になって段々気がつくことも多くなったようで、今はいい関係ですよ。彼は17年間、アメリカで暮らしていたんだけど、3人目の子どもが生まれるタイミングで日本に帰ってきて、今はテレビ局に勤めています」

 長女の葉さんはニューヨーク在住だ。エッセイスト、翻訳家として活躍していたが、最近、もうひとつの肩書を持った。

「数年前、向こうで司法試験に受かって弁護士になったんですね。いきなり聞きましたからびっくりしましたね。ロースクールに通っていることも知らなかったものだから。あんまりそういうことは言わないんですよ。今は、弁護士として仕事してますよ」

東ケト会のころからの盟友・目黒さんは椎名さんの新たな路線にも期待する
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 また、3人の孫についても『孫物語』で書いている。

「高校生の男、中学生の男と女ですね。上は大学受験ですよ。孫ができておおいに変わりましたね。ある種、彼らの先々を見届けたい、というね。簡単には死ねない。生きる力の糧になりましたね。それに、子どもって活躍をしてくれるものでね。僕は孫たちを“3匹のかいじゅう”と呼んだんだけど、どんどんじいちゃんになっていく僕から見れば、何をしでかすかわからない別宇宙の生き物なんです」