マタニティルックの未亡人
依子と男性が知り合ったのは平成17年の3月。知人を介しての出会いだったが、当時依子は火災現場となった喫茶店で結婚相談所も運営していたといい、その運営に男性も誘い込んだ。
順調だと話していた経営は実はうまくいっておらず、当時依子には多額の借金があったという。ところがあるとき、依子は完済証明書を持ち出し、それを見せて依子に不信感を抱いていた男性の家族らを説得して回った。
その後、妊娠したことを機に入籍するも、その9日後に男性は命を落とした。
男性の死から数日後、男性が勤務していた会社にマタニティルックの依子が現れた。男性の退職金をもらいに来たという依子に、会社は違和感を覚える。
それは生命保険会社も同じだったようで、男性の死の10日後に保険金の支払いを要求してきた依子に対し、その支払いを留保した。しかし、社会保険事務所などいくつかの機関は依子の請求に応じていた。
警察も当初からこの出来すぎた男性の死に疑念を抱かざるを得なかった。事件直後から夫婦関係や依子の周辺を洗い出したが、そこから見えてきたのは、依子という女の嘘にまみれた過去だった。
嘘にまみれた人生
依子は広島に来る前、大阪で働いていた。寝屋川で娘が生まれたが、借金から逃れるために広島へとやってきた。
依子を知る人らによれば、とにかく“変わった人”という印象だった。安いからという理由で平気で事故物件に暮らし、家の外壁に七福神を描いたりもしていた。
しかも当時から依子には一緒に暮らしている年下の男性の存在があった。依子の子どもらがまだ幼いころからその男性はいたという。そして、事件の被害者となった男性と依子が結婚した時期も、この男性は内縁状態であったというのだ。
このことは被害男性の家族も感づいていて、幾度となく男性に結婚をやめるよう忠告していたが、男性は結婚願望が強かったことや、何より依子の妊娠が結婚へと急がせた。
が、その妊娠は嘘だった。
依子がついていた嘘はこれだけではなかった。男性に対し、自分の名前は“加藤愛”と名乗り、年齢も10歳ほどサバを読んでいたという。そして、男性の家族に示した借金の完済証明書も偽造したものであり、実際には数千万の借金が残ったままだった。
また、依子が暮らしていたとされる家が火災で全焼したことがあった。その際、約500万円の火災共済金を依子は受け取ったが、実はその家には生活実態がなかったのだ。
依子はわざわざ古い家屋を安く買いたたいていたが、その家にはほとんど暮らさず、別の家で生活していた。そしてたまたまその住んでもいない古い家に火災保険を掛けていたところ、偶然にもその家が火災に見舞われたというのだ。
嘘の妊娠でこぎつけた結婚、それと同時に行われた生命保険の加入、さらには、男性が20年勤めあげた会社に対し、依子は勝手に退職届を書き提出していた。男性は退職する気などなかったというが、男性の死後すぐに退職金を要求しているところを見ると、ここからは依子の「取れるものは全部取る」という強欲さが見えないだろうか。
警察はこれらの事実を丁寧に拾い上げた。そして、当初は検出されなかった睡眠導入剤が、別の検査方法を試したところ被害男性の体内から出たこと、現場が外から施錠されていたこと、出火時間より後に男性からメールが来たと依子が話していたこと、そのほか、状況から男性と近しい関係の人間が犯行に及んでいると強く推認されることなどから、依子の逮捕に踏み切った。
裁判では一貫して否認していたが、検察は「(依子には)被害者を利用して多額の金を手に入れる動機がある」と主張、依子に無期懲役を求刑した。
平成21年、広島地裁は求刑通りの無期懲役の判決を下し、その後最高裁まで争われたが、平成23年上告棄却となって依子の無期懲役は確定した。