努力で成し遂げたワイナリー開所式

 師匠から学べることはすべて学んで、須合さんは帰京。勝沼を筆頭に長野や茨城のブドウ農家数軒と契約を進めるなど、前だけを見据えて突き進んだ。

日本を代表する品種のひとつ、甲州を収穫する須合さん
日本を代表する品種のひとつ、甲州を収穫する須合さん
【写真】華奢な身体ながらに重労働をこなす須合さん

 会社がリスクを冒して巨額を投じていることも、もちろん理解していた。ワイン造りには、ブドウをバラバラにする除梗機、つぶすためのプレス機、醸造用のステンレス製タンク4台など、数々の特殊器具が必要だ。その購入だけで多額の費用がかかる。御徒町の物件、店の内装、瓶やラベル、ブドウ入手も含めれば、トータルの投資額は相当な額に上るだろう。

ワイン事業はすぐに成果を挙げられるものではありません。10年間は認知度を高める期間で、それからやっと回収期間に入る。非常に長丁場のビジネスなんです」と、大下社長自身も神妙な面持ちで語る。本当に利益を出せるか否かは、彼女の双肩にかかっている。絶対に失敗は許されなかったのだ。

 ブックロードの仕込みは同年8月からスタート。「富士の夢」を造る日であれば、茨城県八千代町の契約農場に朝5時に出向き、2トンのブドウを16キロごとに計量。合計125ケースをトラックに積み込んで御徒町まで自ら輸送する。輸送時間やコストがかかるのは都市型ワイナリーの宿命だ。

ワイン造りは重労働。華奢な身体ながら須合さんは軽々と運ぶ
ワイン造りは重労働。華奢な身体ながら須合さんは軽々と運ぶ

 到着したブドウをアルバイトスタッフとともに店舗内に運び込み、狭さと格闘しながら茎を取り除く。さらに「醸し」と呼ばれる皮や種から渋みを抽出する作業を経て、果汁を搾り出し、タンクに入れる。その後の分析作業は昼夜関係なし。親友の辻さんは「寝食惜しんでワインにつきっきりで、前よりやせて心配になりました」と気遣った。

 猛烈な努力が報われ、11月には10種類の銘柄が完成。なんとか開店にこぎつけた。

「開所式を開いたんですが、ほとんど記憶がないんです(苦笑)。うれしいというより、とにかくホッとしたという感じでしたね。同時にもっと頑張らないといけないと思いました」と、須合さんは4年前の記念すべき日を振り返った。

 彼女が願い続けてきた「自分の足で歩ける独立した人間」になったことを、大下社長も若尾さんも辻さんも認めたのは間違いない。