菌が教えてくれた「共生」
「お父さんとお母さんの成長に合わせて、どんどん大きくなっているお店」とモコさんが語る『タルマーリー』は、いまなお拡大中。
年商6900万円まで成長した。今年4月の開業を目指し、智頭で2軒目の店も絶賛DIY中だという。新しい店舗は長期滞在者用のホテルとビアバー、ミニシアターを兼ねている。面白い場を増やし、特技を持った面白い人たちが集まってくれば、地域内の経済循環とともに活気が生まれ、理想の町モデルを地方から発信していけるという思いがあるからだ。
麻里子さんにも大きな変化があった。これまで店と子育てに奔走する中で自分の時間を持つゆとりはなかったが、ここにきて志を同じくする友人ができたのだ。
そのうちのひとり竹内麻紀さんは、カフェ&ゲストハウス『楽之』を営んでいる。
「麻里子さんは、地元生まれの私が今まで気づかなかったけれど、聞くと“そうだ、そうだ”と思えることを簡潔に言葉にしてくれる人。媚びないし、芯があってぶれないところを見ると、自分も頑張ろうと思えます。“私は愛想笑いできない”というけれど、彼女の自然な笑顔が好きです」
意気投合した女性4名と、「智頭やどり木協議会」を立ち上げた。人口減少や産業の衰退、空き家問題といった社会課題に取り組んでいる。
「今までの私は格に前に出てもらって、あくまで『私はサポーターです』って姿勢で逃げていたんです。自分中心に物事を考えたことがなかったし、自信もなかった。一方、『タルマーリー』が認知されていくなかで、世間が渡邉格しか認識していない状況に嫉妬もしていて。そこはズルかったと思います」
智頭に移った当初は従業員が安定せず、自分がお店を取り仕切るのははたしていいことなのか?と自問したこともある。自分が店を辞めるか、夫婦を辞めるかとまで思いつめたこともあった。
「どちらも続けていこうと思えたのは、子どもたちの成長のおかげで自信が持てるようになったのもありますが、自分が何をしたいかを意識的に考えるようになって、人に責任を押しつける体質から抜けられたのが大きいと思います。
智頭って本当に素敵なところなんです。だけど、過疎化が進んで消滅してしまうかもしれない。だから、誰にとっても楽しく暮らせる場所にしたい。お店や子どものためではなく、これは自分がやりたくてやっていることなんです」
格さんは、智頭を自分のようにバカな青春を送ってきた若者が開花できる場にしたいと考えている。
「いま、日本中から若い人が、ウチの技術を身につけたいと集まってきています。私自身も、パンやビールはもちろんDIYで培った大工仕事など生きる技術すべてを彼らに渡したいんです。智頭町には空き家がたくさんあります。そこに共有地を作り、若い人にどんどん来てもらえれば、生活が安定して、やりたいことにチャレンジしやすくなる。彼らの才能を開花させやすくなるじゃないですか」
超合理化社会は、画一化した価値観や考え方を推し進める。しかし、それぞれ異なる考え方や能力を持った人間がいて、みなが活気を持ってその能力を発揮できる仕事に就き、緩やかに影響しあえる場こそいま必要なのではと格さんは考えている。それらはすべて、“あらゆる存在は意味があって存在している”と教えてくれた菌から学んだことだ。
子どもたちから「気の抜けたヤギみたい」と言われるほど穏やかになった格さん。菌に学んだ今、社会に対する怒りは影を潜めているのだろうか?
「いいえ、丸くはなりましたけど、今のほうが怒っています。産地偽装とか嘘をついている個々のお店や会社に対する怒りではなく、そうせざるをえないような社会にしている仕組みや制度に対して。この年で再モヒカンにしようかなと思うぐらいに(笑)」
〈取材・文/山脇麻生〉