前科者に厳しくしない理由

「うまくいかないことも多いけど、ちゃんとホームから卒業できた人もいるんです」

 竹田さんが紹介してくれたのは、三浦加奈さん(仮名=51)。私立の中高一貫校で教師をしていたが、父親をがんで亡くし、母親の介護のために30代で辞職。三浦さんの人生は一転した。

「自分の意思で決めたことなのに、ものすごい挫折感を味わい、19歳のころから悩んでいた摂食障害が悪化して……万引きを始めました」

 パン1つから始まった万引きも、気がつけば大きなバッグを担いで洋服や靴やバッグまで盗む重症のクレプトマニア(窃盗症)に陥り、現行犯逮捕。

 懲役2年の実刑を終える目前、一度は身元引受人を申し出た姉が辞退。唯一の身内に縁を切られてしまう。民間の自立準備ホームはどこも満室で『順番待ち』だったが、依存症治療を担当していた精神保健福祉士の紹介で竹田さんのホームへの入居が決まったという。

 そこでの生活は三浦さんの想像とはまったく違っていた。

「淳子さんに寄り添ってもらったことが、生きる励みになった。価値観も変わりました」と語る三浦さん 撮影/渡邉智裕
「淳子さんに寄り添ってもらったことが、生きる励みになった。価値観も変わりました」と語る三浦さん 撮影/渡邉智裕
【写真】大勢の人が集まった生前葬

「竹田さんは温かい笑顔をされる方だなぁというのが第一印象。同い年ということもあり、親しみやすかった。おそれ多いんですけど、お友達と2人暮らしをさせていただいているような。刑務所のようにルールがたくさんあるのかと思ったら、夢のような条件でびっくり。韓国風焼き肉とか、きのことたまごのスープとか、栄養がありそうなものを作ってくれて。食事の時間は楽しみのひとつでした」

 規則が厳しいホームもあるが、竹田さんは、入居者に細かいルールを強制しない。

 いずれは1人で世間の荒波を乗り越えていかなくてはならない。自分の甘えに負けてはいけない。だから自主性を尊重するのだという。

 竹田さんと何げない日常を過ごす中で、「自立」のコツを教わったと三浦さんは振り返る。

「かつての私は、“摂食障害です”と言い訳して、自分のことができていなかった。0か100で、思いどおりにならないと自虐的に自己否定する。誰かに何かをしてあげたら、見返りを求めて、他人の評価が価値基準になっていました。

 でも、淳子さんはどんなに忙しくても優先順位をつけ、取捨選択して、息抜きも上手。見返りを求めず、人のために動ける。その堂々とした姿を見て、私も自分で自分を評価できるようになりました。それが大きかったですね……。

 ちゃんと私を信じてくれた淳子さんに応えるのがせめてもの感謝。そんな気持ちが私の中に芽生えました」


 三浦さんは、1か月でホームを卒業。週に2度仕事をして、ひとり暮らしをしている。通信講座で「児童心理カウンセラー」の資格を取り、困っている子どもに寄り添いたいと夢への一歩を踏み出した。更生への厳しい道のりはまだ始まったばかりだ。

 ホームを出る日、竹田さんは笑顔でこう見送ったという。

「いつでも来ていいんだよ。1人で寂しかったら、ご飯を食べにおいで」

 竹田さんが所属する一般社団法人『生き直し』の代表・千葉龍一さんは「困ってる人を放っておけないタイプ」だと語る。

「真冬に出所したおばあちゃんが、矯正施設から放り出されそうになったところに出くわしたとき、“ここから出たら死んじゃう!”と矯正施設の人に掛け合っていた姿が忘れられませんね。

 入居者と下の名前で呼び合うなどコミュニケーションのとり方もうまい。でも、怖いもの知らずで、困った人のためならどこへでも行ってしまうから、ハラハラすることもあります」

 竹田さんの支援活動は、公益社団法人『日本駆け込み寺』のボランティア活動から始まった。毎週土曜日夜8時から新宿歌舞伎町で、相談窓口の電話番号を書いたティッシュを配って歩いた。

 やがて個別の相談をLINEでも受けるようになると、少女たちからSOSが届いた。竹田さんは彼女たちを救うためなら、大胆な行動も躊躇わなかった。