芸事とは無縁の友人を大切に
日本舞踊、劇団内外の舞台出演のほか、映像分野にも活躍の場が広がっている。
'21年7月期の日本テレビ系ドラマ『ボイスII 110緊急指令室』で初の連続ドラマレギュラー出演を果たす。元恋人からのDV被害にあっている警察官・小松知里役を演じた。
劇団公演としては3回目の参加となった『老いと建築』では、離れて暮らす父親の経営による飲食店でアルバイトをする26歳の喜子を演じた。
映像や舞台で等身大の役柄を担うことに対して「少し照れる」と本人は笑う。日本舞踊では人間を超えた存在を舞うことが多いだけに、現代人を演じるのは少々の戸惑いがある。
前出の長塚も爽子を「フィジカルな俳優」と評している。
「いわゆる会話劇的な作品で現代人を演じることには、本人も苦労したはずです。ただ、公演の稽古を重ねていくことで、踊りと異なるアプローチの仕方に発見があったんじゃないかと思いますね。
僕らの劇団は、あまりメンバー間でベタベタしないんです。創作のときには協力し合い、普段はそれぞれが自分の責任で取り組むので……。僕も代表として、劇団員に対してはほぼ放任主義です。
爽子は、劇団という集まりに、かなりクリアな視線を持っています。阿佐ヶ谷スパイダースという劇団が自分にとってなんなのか、彼女自身もはっきりと認識しているのでしょう」
集団への向き合い方は、紫派藤間流でたくさんの大人たちに囲まれて育ってきたことが影響しているかもしれない。集団の中に属することで、むしろ個人のあり方が問われることもある。だから、人間関係において率直に対峙し、きわめてフラットに振る舞うことができる。
プライベートの時間では、芸事の世界と無縁な友人たちとの交流が多い。映画も舞台も、日本舞踊も、それを楽しむのが一般人であれば、自分にも一般感覚が必要だと感じている。
「日本舞踊と芸能のお仕事だけだと、普通の生活の感覚がずれてしまう気がします。今、27歳で、まわりの子たちは結婚が現実的になっている。こういう世界だと結婚や出産をしない人もいるけど、普通の生活を営む人たちの存在は、私にとってすごく必要なのかもしれないです。お芝居をあまり見ない人には、藤間紫という名前を知らない人もたくさんいます」
爽子が関心事の領域を外に向けようすることは、長塚も劇団に招き入れた当初から察知していた。次のように指摘している。
「彼女は視界を広げたいんだと思います。日本舞踊の世界から、僕らの劇団に入ろうと志願することもそう。どんどん見えるものが増えていけば、すごく武器の多い俳優になれるんじゃないかと期待しています」