苦境に立たされている貯金箱。その理由のひとつはキャッシュレス決済の存在だ。
「かつて貯金箱を使っていた層は若者や子どもたち。いま、その年代は現金をあまり持たなくなりました。ICカードや電子マネー決済が浸透していますからね」
須藤さんらメーカーが最も恐れているのはキャッシュレス決済でも硬貨預け入れ手数料の導入でもなく、デジタル通貨「CBDC」の導入だ。
「CBDC」とは『中央銀行デジタル通貨』の英語訳の頭文字をとったもの。お札や硬貨の代わりにスマートフォンなどを通して中央銀行が発行したデジタル通貨を利用して決済をする機能のことだ。すでに世界各国で導入の検討が始まっており、日本でも2021年4月、日本銀行が「デジタル円」の概念実証をスタートした。実用化はまだ先とみられているが、導入されればゆくゆくは社会から紙幣や硬貨が消えていくことになる。
「給料がすべてデジタル貨幣で支払われ、決済もデジタルになる時代がくれば貯金箱は無用の長物になるかもしれません」
デジタル全盛の時代でも貯金箱は大切な役割を担っていると須藤さんは訴える。
「トラブルが起きたときを想定し、自宅に現金を置いておくための備えにもなります」
例えば災害時。停電し、ATMやクレジットカード決済が使えなくなったり、スマートフォンの充電がなくなって、支払いができなくなる可能性がある。硬貨がなければ緊急時の連絡手段として有効な公衆電話も使えない。
「災害対策として貯金箱を活用している事例も増えています。停電やシステムトラブルでATMが使えなくなったり、クレジットカード決済ができなくなるなどの弊害も起きています。そんなときに備えて、貯金箱にお金を入れておけば、安心にもつながるんです」
貯金箱は“貯める”だけじゃない
さらに貯金箱は人と人とをつなぐツールにもなる。
「家族でルールを設けて、それを破った人が罰金を入れる、野球やサッカーなどを応援している仲間同士で、チームが勝ったらお金を入れる、など複数名で一緒に使うこともできます。貯金箱は1年に1回開いて、中に貯まったお金でみんなでおいしいものを食べに行くなど家族や仲間たちとの楽しみにもつながります。貯金箱の醍醐味は“貯める楽しみ、貯まった喜び”なんです」
中にいくら入っているのか、ひと目ではわからないところもポイントだ。
「『●●万円貯まる貯金箱シリーズ』は実はもうちょっと入るんです。開けたときに少し多くお金が入っていたらうれしいですよね」
貯まったお金を今度は投資に使うなど、貯金箱との合わせ技という使い方をしている人もいる。
「貯金箱はアイデア次第で、いくらでも使い方の幅が広がるんです」
これまで同社で販売されてきた『●●万円貯まる貯金箱シリーズ』や笑い袋貯金箱などユニークな貯金箱の展開以前から面白いアイテムを開発してきたことが根底にはある。そのひとつが『カラフルアイアンハンド』だ。
「1979年の発売以来のロングセラー商品です。実は今、福祉、介護業界で注目されています。かがむのが厳しい人が下にあるものを拾ったり、入院中、ベッドにいながらカーテンの開閉に使ったり。
これが意外と便利で、退院した人から“どこで買えますか”と問い合わせがくることもあるんです。貯金箱よりもこっちの商品が注目されています」
それでも貯金箱開発の挑戦はまだまだ続く。
「具体的にはまとまっていないのですが、インテリアになるようなデザインで紙幣を貯める貯金箱が作れないかな、と考えています。災害用にも使えるもので、紙幣の中でも使用する頻度が高い千円札を貯められるタイプのものです。
キャッシュレス時代とはいえ、ほかのツールと組み合わせたり、面白いアイデアがあれば貯金箱はまた注目されるんじゃないかと思います。私たちはもともとおもちゃを作ってきました。そのアイデアを生かし、ほかとは違う貯金箱を作りたいと思っています」
取材の最後に貯金箱の魅力を尋ねてみた。
「忘れることがいいんですよ。思い出したときに開けると“こんなに貯まっていた”と感動するんです。知らないうちに数万円入っていたら、儲かった気になります。ただお金を貯めるだけじゃないんです。買いたいものがある、という目標だったり、家族や友人たちと貯めて、そのお金で食事や旅行に行くなど次の楽しみにつなげたり。
貯める人の思いやそれにまつわるそれぞれのドラマが貯金箱にはあるんです。実は奥が深い」
お金を貯めるだけでなく、アイデアひとつでさまざまな楽しみ方ができる貯金箱。逆風に負けない強さをこれからも見せ続けてほしい。