財産を残さないという考え方
「子どもには財産を残さないというのが祖父の代からの考え方なんです。子どもにとっていいはずがないと。うちは両親ともに経営者なので、そこそこ財産を持っているのは知っていましたが、あてにするなと言われて育ちました。もし僕が億単位のお金をもらったら甘えてしまい仕事もしないし、頑張れないタイプだとわかっているので、放棄してよかったと思います」
だが、本当に遺産を欲しいと思ったことは一度もないのか。重ねて聞くと、少し考えてこう続けた。
「私も会社をやっているので、“少しでもお金があったら助かるなー”と思ったことはありますよ。でも、口に出したことはないですし、震災やコロナがあっても努力して何とか乗り越えてこられたのは、相続しなかったおかげかなと思っています」
北村さんのケースほど多額でなくても、「コツコツ貯めたお金を自分の好きなところに寄付したい」「世話になった人に渡したい」という人はほかにもたくさんいると、前出の曽根さんは説明する。
おひとりさまや子どもを持たない夫婦など家族形態が多様化したことも、その要因のひとつとなっている。
曽根さんの元に相談に来た70代の夫婦には1億円の金融資産とローンを完済した自宅があった。子どもがいないため法定相続人は配偶者と故人のきょうだいになる。だが、「夫婦で定年まで働いて貯めた財産をきょうだいには渡したくない」という希望があり、お互い配偶者に全財産を相続させるという遺言書を作った。
数年後、「ふたりとも亡くなった後に残る財産はどうするか」という議題が持ち上がり、“日赤に寄付する”と追記して遺言書を作り直し、遺言執行者も決めた。
「やはり、きょうだいには頼りたくないと言うので、任意後見契約や死後事務委任契約もして、これで認知症になっても安心だとホッとされていました。遺言書には寄付すると書きましたが、おふたりともまだお元気なので、あちこち旅行されたりして財産を使い果たしてもいいんじゃないですかとお伝えしました」(曽根さん、以下同)