10年後を思えば、今が大切なことがわかる
「いちばんの信子さんの傑作は、マダムブリュレじゃなくて幸治社長よね」とは、前出・芙美子社長の弁だ。右腕を指さしながら続ける。
「この時計は、たしか幸治さんが社長になったときだったと思うんだけど、そのお祝いにって、私にプレゼントしてくれたもの。普通、お祝いっていったらもらう側なのに、プレゼントするあたりが気風がよくてカッコいい信子さんっぽいよね」(芙美子社長)
先に登場した山本由伸選手も、「心から人が幸せになってほしいと思っている方だと思います。人の幸せを本当に祈って応援してくれているんだなと感じます」と話す。
人を愛し、愛される。ほろ苦い思い出も、人生の味つけだと思える日がやってくる。
会社の屋台骨として仕事をサポートし続けてくれた兄や弟の逝去、約3億円に上る空き巣被害など、信子会長の人生は借金完済後も七転び八起き。だけど、必ず起き上がる。
コロナ禍で窮地に立たされる同業者も多かったが、バウムクーヘンを切る際に生じる端の部分をまとめた新商品『訳ありバウム』が新大阪駅の売り上げランキングと楽天の総合ランキングで1位を記録するなど、カウカウフードシステムは今なお年商20億円をキープする。
「狂牛病のときも出口が見えなかった」と信子会長は振り返るが、「今はわらびもちが好調だから、今度『焼きわらびもち』という新製品を出す予定。これで楽天の総合1位を目指す!」と意気込む。あのころを乗り越えて今がある。だからこそ、やりようだってある。そのチャーミングなたくましさに圧倒される。

「鏡を見てスマイル。ほんまにそれだけで変わると思う。笑わへんかったら、元気になれへん。顔が笑っていれば、心もついてくるんよ!」
信子会長と話していると、こちらまで元気が湧いてくる。
取材の途中、「信子さん!」と笑顔で手を振るお客さんを見たのは、一度や二度ではない。会長がいるだけで、咲き誇る季節の花を見たように心も雰囲気も華やぐのだ。
訪れた自宅は、ふだん人目に触れないキッチン部分、防火シャッター、果ては畳のへりまでもがヒョウ柄だった。その徹底してブレない姿勢に驚愕するとともに、シンプルにカッコいい人だと感嘆した。
この人は、付け焼き刃な取り繕いではなく、アティチュード(姿勢)で勝負をしている。だからマダムシンコに魅せられる人は多いんだ。

「人生は1回しかないねん。10年前の私はまだ60歳でしょ、めっちゃくちゃ若い。でも、60歳のときの私は、50歳を同じようにめっちゃ若いと思っていた。
今がどうであれ、後になったら、あのころは『若かった』ってわかること。おそらく80歳になった私は、70歳を『まだ若いやん!』と言うと思うんです。だったら、今どう生きるかがいちばん大事やと思う」
「やる言うたらやるしかない」。人を信じ、自分の芯を持つマダム“シン”コ。その姿に魅せられる人は、こんな時代だからこそきっとたくさんいるのではないだろうか。
〈取材・文/我妻弘崇〉