取材者から当事者に変わった『香川1区』
『なぜ君』公開の翌年、2021年12月に、続編となる映画『香川1区』が公開された。比例復活で当選を果たしたとはいえ、小選挙区では連敗続きだった小川氏が、自身にとって7度目の挑戦となる第49回衆議院選挙に挑むドキュメンタリーだ。
「私自身は、続編を出すまでには、もうちょっと長いスパンが必要だろうと思っていたんです。前作が17年かけたので、次作は例えば5年とか、10年というスパンで撮影し、その後の小川さんをとらえようと思っていました」
しかし一方で、大島さんは『なぜ君』でやり足りなかったことも感じていた。
「それは小川さんの対立候補、平井卓也さんであり、要するに自民党のこと。自民党政治とは一体、何なんだ?という問題を掘り下げてみたかった。そう思いスタッフと話をしていたら、たまたま平井議員がいろんなことをやらかしてくれた(笑)」
平井卓也氏は、祖父が元郵政大臣、父が元労働大臣という世襲3世議員。地元紙などのオーナー一族でもあり、「香川のメディア王」と呼ばれている。
平井氏は'20年、菅義偉政権の下でデジタル改革担当大臣に就任。1年後にはデジタル庁が発足され、初代デジタル大臣になる。その過程で、2020東京オリンピック・パラリンピックのアプリ事業費削減をめぐる「脅し」の問題が発生。請負先企業を「脅しておいたほうがよい」「徹底的に干す」などと指示していたとして、批判が集まった。
「この騒ぎで選挙が盛り上がるな、というスケベ根性みたいなものもあって『香川1区』の撮影を始めたんです(笑)」
『なぜ君』のヒットにより、小川氏の知名度は全国的に上がっていた。そこで製作に17年かけた前作とは打って変わり、半年間で製作する『香川1区』が作られることに。大島さんら取材チームは舞台となる「香川1区」に乗り込み、熾烈(しれつ)な選挙戦の混沌(こんとん)たる様子が描かれた。
「'21年の夏に平井さんに議員会館でインタビューしました。そのときは秘書の方もご本人も心中はともかく、最後まで紳士的な振る舞いでした。もちろん、多少嫌だなと思われることも聞いたかもしれませんが、声を荒らげることもなく対応してくれたんです」
ところが選挙中、平井陣営の不利が報じられてからは、「掌(てのひら)返し」が始まった。
「事務所に取材をしても、だんだん塩対応みたいになってきました。平井さんの演説も、最初はデジタル庁でやったことをアピールしていたのに、対立候補である小川さんを批判する方向に変わり、“立憲共産党でいいのか” “相手は映画を使って選挙をやっている”などと言い出した。びっくりですよ」
撮影を担当した前出・高橋さんはこう振り返る。
「大島さんは、取材者から当事者になっていきましたね。僕はずっと大島さんの横でカメラを回していましたから、まるでジェットコースターに乗っているような気分でしたよ。全部がおもしろかった。業界で言う、(映画の素材になる、見ごたえのある映像が撮れたことを表す)“撮れ高”の高いシーンが毎日続いたんですよ」
'21年10月31日に投開票された衆院選の結果は、小川淳也9万267票、平井卓也7万827票。2万票近い大差をつけて小川氏が圧勝した。かたや平井氏は、比例復活でかろうじて当選と相成ったのだ。
これは映画が現実に影響を与えた、ということでもある。
「しかも政治という現実にね。だからいまだに困惑しています。小川さんを勝ちに導いた、とか言われると……。なかなか答えが出ません。でも、ドキュメンタリーを見たうえで、行動変容のきっかけになったとしたら、こんなにうれしいことはないですね」
『なぜ君』『香川1区』でプロデューサーを務めた、ネツゲン所属の前田亜紀さん(46)はこう話す。
「大島さんはカメラを人に向けるのが嫌いで、何かが起きるまで待ったりしない。私なんかは、じっと粘るんだけど、大島さんは撮りたいものが撮れたらあっさり引き上げるんです。“え?終わり?”という感じ。でも、それでちゃんと作品として成立できているからスゴイですよね」
大島さんと前田さん、そして編集の宮島亜紀さん(54)は、3人で試写を繰り返しながら意見を交わすことが多い。
「もめることもありますよ。『香川1区』のときに、私は“あの悪代官みたいな平井さんにも、こんな魅力があるんだ、という映像が欲しいと思った”と言ったんです。でも、大島さんは“ないものはない!”と怒って帰っちゃった。翌日は普通にしていましたけどね(笑)」(前田さん)
宮島さんも同様に言う。
「3人で意見が分かれることもよくある。大島さんが監督だから、意向に沿うようにしますけど、納得いかなければ主張する。
大島さんは、言われたそのときは感情的になるけれど、次の日になると考え直してきたりするんですね。“寝て起きたら、みんなの意見が正しいと思った”なんて言って(笑)。
頑固なところは頑固なんだけど、すごい俯瞰(ふかん)して自分のことを見れる人なんだなと思います」