昨年の秋ドラマ『silent』(フジテレビ系)で、女優の夏帆(31)による桃野奈々役の演技が出色だったことから、一部で「夏帆の評価が急上昇」などと報じられた。これに違和感をおぼえた人は多いはず。本人も苦笑したかも知れない。夏帆の評価はもとから高い。
識者も認める夏帆「図抜けた女優」
3年前の時点で、北海道大学文学部教授で映画評論家の阿部嘉昭氏は筆者にこう話していた。
「夏帆さんは演じる役柄が幅広く、多彩なうえ、それぞれの演技が地ではないかと思えるくらいナチュラル。陰りのある女性を演じるのがうまいが、明るい女性も出来てしまう。アクションもやれる。突出した存在でないように見えて、実は図抜けた女優」
夏帆という女優を的確に言い表しているのではないか。『silent』の奈々はろう者で声を出さなかった。名優の条件は古くから「1に声、2に顔、3に姿」と言われるが、声を使わずに観る側を惹き付けたのだから、その演技力は並大抵ではない。
夏帆は2007年、15歳のときに初主演映画『天然コケッコー』で報知映画賞やヨコハマ映画祭などの最優秀新人賞を総ナメにした。天才肌なのである。役柄は山陰の田舎町で暮らす溌剌(はつらつ)とした少女だった。
監督は山下敦弘氏(46)で、脚本は『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジテレビ系)の渡辺あや氏(52)だった。主演決定に当たってはオーディションが行われ、山下氏と渡辺氏が相談したうえで夏帆を選んだ。この時点で映画界、ドラマ界には「うまい子が出てきた」との評判が広まっていた。
その後は清純な役柄が続いたがものの、2013年には染谷将太(30)がスケベな高校生に扮した連続ドラマ『みんな!エスパーだよ!』(テレビ東京)に出演。茶髪でガラの悪い不良高校生に扮し、観る側を驚かせた。
2年後の2015年には是枝裕和監督(60)による映画『海街diary』で4姉妹の3女を演じた。長女は綾瀬はるか(37)、次女は長澤まさみ(35)、末娘は広瀬すず(24)だった。
4人とも主演で、全員が好演したが、映画各賞は夏帆以外の3人に集まった。夏帆の存在が地味だと思われたためか。『silent』の演技で、いまさら「評価が急上昇」と言われた構図と似ている。
「『海街diary』に贈られた各個人賞のバランスは偏り過ぎていたと映画関係者の誰もが思っていたはず。むしろ4姉妹の中で一番良い演技を見せていたのは夏帆さんだったくらいですから。夏帆さんも内心、悔しかったのではないでしょうか」(映画ライター)
それで発憤したわけではないだろうが、翌2016年公開の映画『ピンクとグレー』(行定勲監督)では幼なじみという設定のHey! Say! JUMP・中島裕翔(29) 、菅田将暉(29)とのラブシーンに臨んだ。特に中島とのシーンは艶っぽくかなり濃厚で、「夏帆が新境地」と話題になった。
翌2017年には日本映画界のエースの1人である黒沢清監督(67)が撮った『予兆 散歩する侵略者 劇場版』に主演。人間の体を乗っ取った宇宙人(侵略者)と対峙する主婦という難役だったが、黒沢監督が「神がかっていた」と絶賛する演技を見せた。非現実的な設定なのに、やはりリアルに見えたからだ。なんでも演じてしまう人なのである。