本業とプロビルダーの両立で多忙な日々を
東京都内に三井さんの工房、『三井ブリックスタジオ株式会社』はある。地下1階と地上1階の2フロア。
何層にも積み上げられ、図書館の書架のように整理された折り畳みコンテナに保存された、多彩でさまざまな形のレゴ ブロック。秘密基地に紛れ込んだようなワクワク感を、訪れたものは確実に味わう。
「折り畳みコンテナは400~500はあると思います。広さは地下と1階を合わせて200~300平方メートルぐらい。1平方メートル当たりの負荷を計算しましたが、建築基準法上は大丈夫だと思います」と安全性は計算済みだ。
創業は2015年4月。同年3月いっぱいまで三井さんは、大手鉄鋼メーカーに勤務していた。会社や同僚の理解を得て、本業と「レゴ認定プロビルダー」とのWワークというスタイル。レゴ ブロックの仕事の魅力が日に日に増し、体力的にもきつくなる。ある日、妻に独立の意思を伝えてみた。反応は、
「全然そのほうがいいんじゃない、でした。両方やっていたので寝不足で体力的にきつかったですし、妻にいろいろ面倒も見てもらっていたので」
子どもの自主性を常に重視してくれたという両親からは「そうしたらいいんじゃない」。会社の同僚も「三井君だったらしょうがないよね」
こうして三井さんは、まだ日本では誰も挑んだ人がいない、ロールモデルのない「レゴ認定プロビルダー」として生きることに確実にワンブロック、踏み出したのである。
2度目の申請で勝ち取った認定
レゴ ブロックを組み立て、作品を作ることで成立する暮らしは、「レゴ認定プロビルダー」(英語でLEGO Certified Professionals=略してLCP)という肩書なしにはありえない。
2023年6月現在、その肩書をデンマークのレゴグループ本社から許されているのは、世界で21人だけ。世界130の国と地域にレゴ社のオフィスがあるが、その国と地域でしか、LCPは誕生しない。
三井さんがLCPに認定されたのは2011年。当時、世界で13人目で、アジア地域では初。しかも23歳という、最年少での認定だった。記録は今も破られていない。
「三井さんのLCPは、われわれの念願でしたし誇りです。世界からビジネスパートナーが来ますけど、日本には三井さんがいるんだよと鼻が高い」
と、認定された当時の社内の様子を教えてくれたのは、『レゴジャパン』シニアブランドマネージャーで、「レゴ(R)スーパーマリオ」を大ヒットさせた橋本優一さん(40)。レゴ社はLCPに、どんな人材を期待しているのか。
「技術的に素晴らしいことはもちろんですが、レゴ社のブランドの価値を正しく伝えていただけるという期待値がいちばんですね」という橋本さんの言葉は、技術力は身に付いていて当たり前、それプラスαが肝心ということを示す。
「レゴ ブロックの価値は明確でして、そのひとつはクリエイティビティー。創造力がどれだけ無限になるのかを、“作ってすごいでしょ”だけじゃなく、“レゴ ブロックの価値として創造力をどれだけ世の中に広げていただけるか”ということがあります。もうひとつ大事なことは、ビジネス上、独立できるかということ。世界のLCP21人に、レゴ社は給料を支払っていません。レゴ ブロック作品の制作を発注すればその対価は支払いますが、日常的なサポートはない。それゆえご自身のビジネスとして生計を立てられるかが大事なポイントになります」
認定を受けたい人は、自ら手を上げることができる。基本は自薦。どのように審査されているか、どのような過程を経て決定に至るのかは、企業秘密。「おそらくすごい数が来ていると思います。本社にはLCP担当の部署があるくらいです。自薦数はわれわれにも公表されないですけどね」と橋本さん。ほんの少し、ヒントを明かしてくれた。
「世界中にファンのコミュニティーがあり、結びつきが強い。こんなものができた、とネットに上げたりお披露目会をやったりしている。レゴ社の担当者はいろいろ見ています。三井さんの存在も、東大レゴ部で活動されていたころから、認知していたと聞いています」
三井さんの認定も、実は2度目の申請を経て、だった。
「二十歳ぐらいのときに一度申請してみて、社会的な経験が浅いからということを考え、実績をつくり直して1年後に再提出した感じでしたね」と三井さんは記憶をひもとく。
「試験は特にないです。過去の作品とかイベントだったり実績が評価の対象になります。レゴ社とやりとりしながらイベントとかやってきたので、その関係で信頼性が構築されることもあるかと思います。面接をしていただいた際は、ビジネスプランは?と聞かれました。それまでも企業から依頼を受けて作ってきたので、それを拡張してやっていきたい、と答えました。英語は必須ですね。本社と連携してコミュニケーションを取るので、ビデオ会議、英文でのメールのやりとりが普通にできないといけない。作品を作るレベルが高いというのは、ひとつの要素に過ぎないというところはあります」
朗報はひと月もたたずに、三井さんの元に届いたという。
LCPとして「レゴ」という看板を公式に背負えることは、最大の後ろ盾になる。必要なレゴ ブロックを必要なだけ本社にじかにオーダーできる特権も、LCPだけに与えられたものだ。
「ありがたいことに、独立して以来ずっと(クライアントから)発注が来ているので、趣味として作品を作ることはこの10年くらいないですね。運がいいことに、依頼される内容が自分の作りたいものとマッチすることが多い。海外のLCPの方は、建物専門とか動物専門とか得意分野を持っていますが、私はオールジャンル。生き物も建物も動物も人も、抽象的なものも含めて作っています」