そんな会話をするうち、時間は16時を回った。冬ならば16時がタイムリミット。日の長い季節でも、17時を過ぎるとかなり暗くなる。そろそろ帰らなければ……とわれわれが考えたとき。ふと目の端に青いものが入った。

 近づいてみた。その人物はかなり若い年齢であることが分かった。まだ30歳にもなっていなさそうだ。珍しく、顔に黒いマスクをしている。コロナ以降、マスクを持って樹海に入る人は増えようだが、マスクをつけた遺体ははじめて見た。

マスクをつけた遺体

 足元に紙が落ちていた。遺書かと思ったが、小さな可愛らしいピンク色のメモ用紙だった。

《◯◯◯くん。今日は遊んでくれてありがとう 楽しかったー 初めてのぴんさろ、どうだったかな? 次はイカせたい!! 反応かわいすぎていとしかったー ◯◯より》

 樹海に、遺体にまったく似つかわしくない、風俗嬢からのメッセージだった。樹海に出向く前に、風俗店へ行ったのだろうか。◯◯◯くんの気持ちを思うと、切なくなった。

 しばらくすると周りは闇に包まれた。僕らはKさんのポリシー通り、警察に連絡することなく、樹海を離れた。

 警察が動かない以上は彼の友だちや家族、風俗嬢はおそらく、彼があの場でああして風に揺られていることを知らないだろう。おそらく警察が動けば、所持品から身元もすぐにつかめるだろう。ただ、彼自身の気持ちはどうなのか。誰にも知られたくない思いで樹海へと足を踏み入れたのではないか。樹海において、何が正しくて何がダメなことなのか。相変わらず僕には謎のままだ。

(取材・文・撮影/村田らむ)

PROFILE●村田らむ●ルポライター、イラストレーター、漫画家。愛知県名古屋市出身。貧困やホームレス、新宗教など社会的マイノリティーをテーマにしたルポルタージュが多い。近著に『人怖 人の狂気に潜む本当の恐怖』(竹書房)など。