初めての単独徒歩行、そして火災
初めての北極旅から帰国した直後は、まだ夢の中にいるようだった。しかし、日常に戻るなかで荻田さんは再び悶々とし始める。このままでは以前と同じように、無目的な日々の繰り返しになると考えたのだ。
「今度はひとりで行く」
そう決めて、周囲に告げた。今まで荻田さんがやることに反対することのなかった両親は、このときも何も言わなかった。保育園のころからの友人で、現在は荻田さんのビジネスをサポートしている栗原慶太郎さん(46)は語る。
「初めて彼から大場さんと北極へ行くと聞いたときは、驚きました。それまでの彼のイメージと北極が全く結びつかなかったんです。その次にひとりで北極へ行くと聞いたときですか? 特に驚きませんでした。2回も行くほど魅力的なところなんだなと思ったぐらいです」
半年間のアルバイトで貯めた100万円を資金に、カナダはイヌイットの自治準州の村のレゾリュートへ。しかし、荻田さんはここで自分の実力を直視することになった。知識の不足、装備の甘さ、サポーターの不在……。考えた末、このときは挑戦を断念。しかし、一歩を踏み出し、世界中から極地探検を目指してやってきた人との交流は、決して無駄とはならなかった。
帰国後、3度目の北極行きで使う装備や飛行機代を捻出するため、またアルバイト生活に戻った。ガソリンスタンドにホテルの配膳、高速道路の工事、若さに任せて昼も夜も働いた。
そして、2002年には、レゾリュートからカナダ最北の集落・グリスフィヨルドまで500kmの単独徒歩行を、2004年にはグリーンランド内陸氷床2000km犬ゾリ縦断行を次々に成功させてゆく。
2007年にはレゾリュートからカナダのケンブリッジベイまでの1000kmの単独徒歩行に挑戦した。今まで完全無人の2村間を単独徒歩で通過した記録はない。
「ならば自分がやってやろう」と意気込み、110kgのソリを引いて極寒の地を行く。強風にあおられ、ホッキョクグマに遭遇しながらも、ゆっくり、確実に目標に向かって歩を進めた。
目的地まで半分の500kmを過ぎ、旅程も24日を過ぎたとき事故が起きた。テント内でガソリンが入ったボトルを落とし、火災を起こしてしまったのだ。すぐわれに返って対処したものの、ほんの数秒のうちにテントの一部が焼け、手にはヤケドを負った。そのときのことを荻田さんは次のように語る。
「北極には寒さや氷、ブリザード、ホッキョクグマといった冒険を阻害する要素が当たり前のようにあります。その地雷を踏み抜かないように準備を重ねていくので、外的要因に関して予想外のことが起きたことはありません。ただ、このときの火事は、完全に自分のせい。冒険において予想外のことを巻き起こすのは、いつも『自分自身』なんです」
徹底して自省する冒険家の言葉は、哲学者のそれのように響いた。