冒険と読書は根底でつながっている
極地冒険を始めた若かりしころは、周りに相談できる人がいなかった。数少ない経験者を頼り、話を聞きに行った。
それから20年以上の月日がたち、気がつけば年下の若者からアドバイスを求められる機会が増えてきた。
「うれしいような寂しいような気持ちですが、そろそろ自分もそういう立場になったのかなと。そこで、場をつくりたいと思ったんです。そこに行けば先輩がいて、情報をもらえる冒険家や探検家の部室みたいな場所を」
不動産情報を見ると、ちょうど広くて手ごろな値段の物件が出ていた。それまで縁もゆかりもなかった桜ヶ丘駅前に事務所を開いたものの、わずか半年でコロナ禍に突入。
近所の小学校が休校になり、「リモートワークができない」と悩む親たちのために、子どもたちを受け入れる場所として事務所を開放した。地元の人たちと触れ合ううち、桜ヶ丘駅周辺には本屋が1軒もないことが気になってきた。
「実は冒険と読書って似てるんです。冒険は、自分の頭で考えて身を守らないと死に直結しますから、主体性が重要です。本を読み、借りてきた言葉をそのまま口にする人がいますが、それは自分の考えではなく誰かの考え。そうならないよう読書にも、本に書かれていることを参考にしながら自分の頭で考える主体性が求められる。そんなことや、自分はこの場所で何ができるだろうと考えたときに、『本屋をやればいいんだ』と思いついたんです。本を書く冒険家は大勢いますが、本を売る冒険家はいませんしね(笑)」
『冒険研究所書店』は、今夏で2周年を迎えた。扱うジャンルは、国内外の冒険家の手記はもちろん、人文科学や自然科学、民俗学に倫理、写真集など多岐にわたる。
昨年は、「言葉だけでは表現しきれないことを表現したい」と、絵本を上梓。イヌイットの言葉で、雪の中を旅する男を意味する『PIHOTEK(ピヒュッティ)北極を風と歩く』(絵:井上奈奈)は、第28回日本絵本賞で大賞を受賞した。
開店から2年が過ぎた。常連も増え、認知度も高まってきたが、気がかりもある。
「最初からわかっていたことですが、思っていた以上に世の中の人は本を読まない。顕著なのは若い人。すぐ近くに高校があって、ここは通学路なのですが、誰も入ってこないんです。『とりあえず入ってみるか』という意識もないというか、視界にも入っていないのかもしれません。しょうがないとは思いますけどね」
書店は基本的に本をそろえて客を待つ商売だ。しかし、荻田さんは「もっと攻めてもいいのでは」と考えている。生と死が近い場所にある極地を攻めてきた冒険家は、「本が売れない」といわれる時代に、何を仕掛けていくのだろう?
「毎日1000円の本を買う人は稀だと思いますが、毎日1000円のお昼ごはんを食べる人は山ほどいる。そして、1000円のパスタは食べたら終わりですが、1冊の本は何日でも楽しめるし、何なら人生を変えるかもしれない。
そう考えると本ってすごく安いんです。だけど、買わなきゃ死んじゃうものじゃないから高く感じるんですよね。もちろん、子どもに本を与える余裕がない家庭もあるでしょう。それでも本を読んでほしいし、本を読まない子どもが増えることは、長い目で見れば国力の低下につながると思うんです。だから、知識欲はあるけど、ガマンしている子どもたちに本を届ける仕組みづくりを考えているんです」
こんなエピソードがある。
ある日、店にやってきた中学生の男の子が迷わず1冊の本を手に取り、レジにやってきた。それは、フランスの社会学者で哲学者のロジェ・カイヨワによる『蛸 ―想像の世界を支配する論理をさぐる―』という本だった。
気になった荻田さんが、「なぜこの本を?」と尋ねると、少年は、授業で蛸の心臓は3つあるといった不思議な生態に触れ、気になったのだと告げた。以前、店頭で見かけたときはお金がなくて諦めたけれど、今日はお小遣いを貯めて本を買いに来たのだとも。ちなみにその本の定価は3300円だ。
「彼はその本を、読みたかったし、所有したかった。それって大事なことで、図書館ではなく、書店でしかできないこと。彼はこれから先、『蛸』に線を引こうが、ページを折ろうが自由なんです」