他人の評価を行動原理にしない
ずっとひとりで極地を旅してきた。しかし、あるときから荻田さんは、「社会と向き合う準備が整ってきた」と感じている。
その取り組みのひとつが、2012年から始まった、「100milesAdventure」だ。毎年、夏休みに小学校6年生の子どもたちを連れて、国内160kmを踏破する。小学6年生限定のため、どの子も等しくチャンスは一度きり。商売ベースで考えれば、リピーターをつくるほうが儲かるが、そうはしなかった。
募集方法もユニークだ。募集開始日を事前に告知しないのだ。そこには、こんな意図がある。
「行きたい人の熱量って個々に違っていて、30人いれば必ず1から30番目までのグラデーションがあるわけです。だったら、全員が同じ確率の抽選より、行きたい人が行ける確率が上がったほうが平等ですよね。ですから、熱心に募集サイトを見てくださっている方の参加確率が上がるよう、この方式を取っています」
2019年には、20代の若者12人を連れて、北極圏600kmを歩く「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」を敢行した。北極の大自然を歩くなかで得たものを、社会に持ち帰って活躍してほしいという思いからだ。
この旅には、カメラマンの柏倉陽介さん(44)が同行した。いつもは単独で行く北極冒険家に同行できる貴重な機会だと思い、話が舞い込んできたときは、「行きます!」と即決した。
「このとき、荻田さんが期待していたのは、若者たちにただ後ろをついてくるのではなく、能動的な冒険をしてもらいたいということ。そこで、中間地点を過ぎたあたりで彼が若者たちに地図を渡したんです。そこから彼らが、『こっちに進もう』『ずれてきたから軌道修正をしよう』などと休憩のたびに議論して、真剣に向かう先を見定める雰囲気になっていきました。
何もできなかった若者たちが氷を割ってお湯を作り、テントをたてて、前に進んでいく姿を見て、その急成長ぶりに感動させられましたね。僕も最初は12人の名前を覚えられなかったのですが、最終的には、歩き方で誰が誰だかわかるようになっていました」
ここでの荻田さんも、穏やかな話しぶりで、日本にいるときとそう変わらなかったと語る柏倉さん。ただし、みんなでゴールしたときはどこかうれしそうだったという。
テレビで大場さんの姿を目にした21歳のときから四半世紀。就職せず極地冒険家となり、書店の店主をしながら若者にも旅の機会をつくる─。
先人のいない道を歩いてたどり着いた現在地。荻田さんは、この状況をどのように捉えているのだろう?
「別にこうなると計算していたわけではないんですけど、今こうなっていることに驚きはないです。それに、私は自分がやっていることは極めて合理的だと思っているんです。未来に何が起きるかは誰にもわからないんだし、ある日すべてがひっくり返らないとも限らないのなら、未来を先取りして不安で動けないというのは非合理的。ですから、未来をわからないまま受け止めて、勢いでやるのではなく、計算や観察や経験を踏まえて動くことが一番合理的だと思うんです。それに、自分に対して『私だったらどうにかできる』という信頼感があるんです」
荻田さんがこう語る理由は、本インタビューの序章で触れた、ご両親によるところが大きい。
「私は両親から褒められた覚えも、叱られた覚えもないのですが、『褒める』も『叱る』も親の価値に準拠した『評価』じゃないですか。つまり自分は、評価されずに生きてきたので、評価を期待しないで生きるようになったんです。
だから、子どもを全面的に褒めてあげるみたいなことは、いいことだと思わないんですよ。褒めて育てられると、他人からの評価を期待するようになるじゃないですか。ゴミが落ちているのを拾って、『周りで誰か見てる?』みたいな(笑)。私も、他人の評価を全く気にしないわけではないですが、それを自分の行動の第一義にはしない。だから、北極に行くことに関する周りの反応も覚えていないんです。周りが何を言おうが、気にしないし、聞き流してきたんでしょうね」
現代人は、答えが先にわかっていないと動けないところがある。「未知の世界に自分が対処できるだろうか?」と、不安が先に立つからだ。
しかし、未来のことは誰にもわからない。勢いで未知の領域に飛び込むのではなく、荻田さんのように徹底した自制心と観察眼を武器に一歩を踏み出せば、自分が「日常」と感じられる世界は広がっていくのかもしれない。
<取材・文/山脇麻生>
やまわき・まお マンガ誌編集を経て、フリーライター&編集者に。『朝日新聞』『日経エンタテインメント!』『本の雑誌』などにコミック評を寄稿。その他、各紙誌にてインタビューや食・酒・地域創生に関する記事を執筆。