目次
Page 1
ー 松村邦洋は止まらない
Page 2
ー 『戦メリ』公開時からものまねを始める
Page 3
ー 恩人の高田文夫に“笑撃”を与えた出会い
Page 4
ー 理不尽に抗体ができていたからできた取材
Page 5
ー ネタが貼りまくられた自宅に住んで
Page 6
ー “頭の中にでんでん虫が2匹すんでいる”

 取材当日は、阪神タイガースがオリックス・バファローズとの日本シリーズを制し、38年ぶり2回目の日本一に輝いた翌日だった。

「阪神が日本一になったのは、僕が高校を留年した1985年以来。留年したときのことを思い出して、新鮮な気持ちになりました」

松村邦洋は止まらない

ものまね、阪神、大河ドラマ、健康法、お笑い論……。絶え間なしに話題が湧いてくる(撮影/山田智絵)
ものまね、阪神、大河ドラマ、健康法、お笑い論……。絶え間なしに話題が湧いてくる(撮影/山田智絵)

 好きなことについて話すとき、松村邦洋は止まらなくなる。

「しかも、裏番組の大河ドラマ『どうする家康』は関ヶ原だったでしょ。日本シリーズが2つ行われていたようなものですよ。大河とタイガースも似ているし、訳がわからなくなりましたね!」

 目の前にいる松村は、つかみどころがない。インタビューをする身としては、自分の質問が届いているのか不安になるほどだ。

 しかし、こちらの不意を突くように、突然、金言を放り込んでくる。

「“頼まれごとは試されごと”なんですよね。向こうがダメだと思ったら、使われなくなる。お金を払っているのは僕じゃないですから。試されているんだから一生懸命やるだけです」

 今年、松村は芸能生活35周年を迎える。仕事が途切れない秘訣を聞くと、こちらの目を見ながら、そう返ってきた。

「僕がお世話になっている高田文夫先生は、『人気とは高さではなく長さ』ってよく言うんです。売れたり有名になることも大切だけど、コツコツ続けることも大事だって。継続することが大事だとおっしゃるんですね」

『進め!電波少年』(日本テレビ系)のロケでは、砂漠で遭難しかけた。2009年には、出場した東京マラソンで一時、心肺停止状態に陥った。'21年には新型コロナウイルスに罹患し、重症化するも生還した。何度も死の淵をさまよった松村だからこそ説得力がある。文字どおり、“息が長い”。その根幹にあるものは何なのか─。