映画をきっかけに手話を習い始める

寒い日もしっかり着込んで、ビーグル犬のジンジャーと散歩。枯れ葉を踏む音も聞こえるようになった
寒い日もしっかり着込んで、ビーグル犬のジンジャーと散歩。枯れ葉を踏む音も聞こえるようになった
【写真】「理想の生活?」自宅近くの琵琶湖でカヤックやくつろぐ麻生さん夫婦

 ところで、前出の吉田さんと昨年LINEがつながり、スマホを通して会話するようになった。音楽業界で長年活躍してきた吉田さんだが、映画『コーダ あいのうた』 を見たことがきっかけで手話を習い始めたという。この映画は、耳の聞こえない親のもとで育った歌の大好きな少女の葛藤を描き、アカデミー賞を受賞したもの。

「僕は音の世界で生きてきたのですが、音のない世界で役に立てないかと手話を習い始めたんです。LINEで麻生さんが聴力を失ったことを知り、いろいろ話すようになりました。僕も年をとって聞き上手になったのかな(笑)」

 若いころ音楽の世界をリードしてくれた吉田さんが、今度は聴こえない世界を理解しようとしてくれている。

「うれしかったです。映画『コーダ』を教えてくれたのも建さん。おかげで、夫と見ることができました」

 この10年で聴力は著しく失われ、言葉での会話はできなくなり、猫の声も生活の音も聞こえなくなった。夫との日常のやりとりは読唇と表情を読みながら交わし、話し合いは筆談やスマホを介してするも、家の中からおしゃべりは消えていった。2022年65歳で聴覚障害は3級と診断され、人工内耳をすすめられた。

 '23年春、人工内耳の手術を受ける。担当医の山崎先生は

「人工内耳手術で正常の聴力に戻るわけではありません。得られるのは、中等度の難聴に近い聞き取りです」

 と強調する。

「健聴者の内耳の聞こえの神経は約3500個ありますが、人工内耳の電極は12〜22個。桁違いに少ないため、健聴者の聞こえとは異なります」(山崎先生)