「人生で一番見たかった景色」
恩師との出会いに先立って、もうひとつ、タカさんの人生を動かした出会いがあった。
それは受験のために鳥取から上京し、前述の明倫館を利用した時のこと。スタッフに案内されて図書室に入ると、1人の寮生が座って『ナショナルジオグラフィック』誌の英語版を閲覧していた。挨拶をすると自分が受ける東大の先輩で、合格後に同じ寮で生活を始めて親しくなった。
「先輩の落ち着いた話しぶりや成熟した雰囲気に惹かれました。僕がそれとは真逆の人間だったので興味を持ち、彼の落ち着きの源泉を探ろうといろいろ話をしていたら、信仰を持っている人だとわかったんです」
先輩について、都内にあるクリスチャンの教会へ足を運んだ。いわゆる「宗教」という堅苦しいイメージはなく、そこに通う人たちと共にごはんやお菓子を食べ、歌を口ずさみ、好きなテーマについて話し合う「居場所」だった。礼拝は日本語と英語の両方で行われていたため、英語のほうにも参加した。
「牧師さんの説教も含めてすべて英語だったので、結果的に語学力も身につきました。最初は居眠りしてしまうこともありましたが、だんだん聞いていられるようになって、途中からは英語でメモを取りました。海外から日本に来た留学生も参加していたので、礼拝後には彼らとランチに行っていましたね」
道しるべをつくってくれた先輩は現在、東南アジアに駐在し、金融関係の仕事をしている。ちょうど20年前の出来事を、リモート取材で懐かしそうに振り返った。
「入学時から国際的な分野に関心があった彼には、宗教というより、ひとつの生き方、生きざまに触れて、自分なりに感じてみてほしいというくらいのつもりで教会のことをお伝えしたんです。自分の中の核みたいなものをしっかり見据えることのほうが、人生では大事なのではないかと。それさえ押さえていれば、どんな生き方をしても、その原点に立ち返ることができる。そんな話をしたところ、彼は強く興味を引かれたようでした」
教会で世代も職業も国籍も多様な人たちと交流したことは、タカさんの視野を大きく広げた。その後、初めて大学を休学した4年生の時に、自らの国際志向の原点となった韓国を再び訪れる。世界各国の学生たちによる国際交流イベントに参加するためで、百数十か国から学生たちが集まっていた。そこでコロンビアやボリビアといったスペイン語圏の南米の学生たちと仲良くなり、再び刺激を受ける。
「世界のさまざまな国の学生たちと気兼ねなく話をすることができた体験がすごく大きくて、人生で一番見たかった景色のひとつでした。特にラテンアメリカのノリが心地よかったんです。出会った瞬間から親しいみたいな。そこで人との距離の近さと温かさを感じ、彼らには『生きている感』がにじみ出ていました」
これを機にスペイン語の勉強に目覚め、その半年後には観光がてらメキシコに2週間滞在。再び休学した大学6年目の夏からは、メキシコ政府の奨学生として留学する。