「君はネクタイが趣味なのかね─?」

大学の卒業アルバムより。はしゃぎつつも周囲の面々と明らかに異なる貫禄を醸し出す西脇医師。口ヒゲがダンディーだ
大学の卒業アルバムより。はしゃぎつつも周囲の面々と明らかに異なる貫禄を醸し出す西脇医師。口ヒゲがダンディーだ
【写真】ほっぺたに鉄串を刺す訓練も!? ロシアで特殊部隊の訓練に参加した西脇さん

 かつて浪人生だったころの下宿部屋はアジト状態。医大生となってからも、それは変わらず、仲間と酒を酌み交わせば、あっという間にウイスキー2本が空になる。

 自堕落であっても楽しい、若者の特権のような毎日。そんな生活を送りながらも、心は常にどこかしっくりときていない。

「楽しいけど、時折人と会うのが嫌になってずっと部屋にこもってしまう。その状態が定期的にくるんです。人に疲れるというか、人間関係がしっくりこないというか」

 “なぜ自分には仲間はいても友人と呼べる者がいないのか?”小学生のころからずっとそう感じていたと西脇医師

 とはいえ、医学部ではそれに苦しむことはなかった。

「医学部って、僕と同じ感じの人が多いんです。記憶力がよくて入ってくる人が多いから。今から思うと、アスペルガーっぽい人が多い」

 ところが研修医として社会の一線に立つようになると、どうしても「空気が読めない」行動が目立ち始めてしまう。

 東京の某病院で精神科の研修医として研鑽を積んでいたある日のこと、先輩のベテラン医師からこう言われた。

「君はネクタイが趣味なのかね?」

 某病院では男性医師は白衣の下にはネクタイをするのが決まり。だが“趣味=サーフィン”だった西脇医師、ネクタイといえばド派手なハイビスカス柄しか持っていない。先輩医師は“もっと無難な色柄のネクタイにしなさい”という意味を込め、そのようにやんわりと注意したのだが。

「それなのに僕は、“いいえ、違います”と、真正直に。先輩の言葉に含まれた嫌みや忠告に気づけなかった」

 アスペルガー特有の「言葉の裏が読めない」が出てしまったのだ。

「計画性ゼロ」

これも自己鍛錬のため、ロシア空軍ミグ25で成層圏へ。これに乗るため、宇宙飛行士訓練センターで訓練経験も
これも自己鍛錬のため、ロシア空軍ミグ25で成層圏へ。これに乗るため、宇宙飛行士訓練センターで訓練経験も

 忘年会の幹事を務めた際には、楽しんでもらいたい一心で2次会まで豪華な料理をフルラインナップ。病院スタッフがプールしたお金をすべて使い果たした。ここでも「計画性ゼロ」が出てしまった。

 さすがにどうにかせねばと、2週間の休みをとって「内観」という自己洞察法も試し、催眠療法も試した。だが“自分はどこか他の人とは違っている”という、小学生以来の違和感解消までには至らない。

 そんな西脇医師が自分の障がいに気づいたのは、発達障がい児の施設である国立秩父学園に勤務、自閉症児と向き合ったのがきっかけだった。

「自閉症児と接したことで、友達ができないのも違和感も、アスペルガーという自閉症だったからだとわかりました。わかったとたん、ふっと心が軽くなったんです」

 原因がわかれば、対処はできる。性格でなく脳機能の偏りからのものとわかれば、その偏りを正すことだってできるだろう。

 西脇医師は人の話は最後まで聞くように心がけ、しゃべりたくなる衝動が10回起きたら1回だけはしゃべるようにするようにした。すると不思議なことに、言葉の裏にあるものが徐々にわかるようになってきた。

 計画立てなど、苦手な行動は人に助けてもらうようにした。するとここでもミスがなくなり、さらには助けを求めた相手の自己重要感が高まって人間関係が改善された。

 さらには笑顔をつくるべく鏡の前で練習したら、相手も笑顔を返してくれることが増えてきた。

 子どものころから感じていた周囲との違和感が薄れていき、周囲の人々に、笑顔を見ることが多くなっていった。人間関係が改善され、以前のような生きづらさを感じることが、少しずつ、少しずつ、少なくなっていった。妻の和嘉子さんが現在の西脇医師を評してこう言っている。

「私が仕事で帰りが遅くなると夕食の準備をしてくれていたり、疲れて起きられないときにはゴミ出しをしてくれたり。そのへんの距離感の取り方がとても心地いい。いい夫ですよ」

 前出・大村さんも、

「先生って、コミュ力がすごい。セミナーにご一緒させていただくことも多いのですが、“もう何回もいらしているんですか?”と聞くと“まだ2回目”。ホントにアスペルガーなの?と思うほどです」

 アスペルガーによる生きづらさは克服できる。そのよき見本こそが、この人なのだ。