予想外だったフェミニスト宣言
1996年、北原はイベント開催を経て「日本で初めての女性だけで運営するセックスグッズストア」として「ラブピースクラブ」を設立。そこで最初に爆発的に売れたのが、指型の柔らかなバイブレーター「Pラビア」だった。
「当時、松浦理英子さんの小説『親指Pの修業時代』を読んで、足の親指がペニスになってしまう話に感銘を受けて、こういったバイブがあったらいいなと思って作ったものです。私はエロチックなことをポジティブに捉えたくて、率直に自分の身体で受けたことを、痛みも含めて語れる安心な場所をつくりたいという思いがあった。そして当時は岡崎京子さんや内田春菊さんが自分のセックスの話をし始めた時代だったから、それにすごく背中を押されたところもありましたね」
女性がバイブレーターを作ったことが話題となり、多くの取材を受けたが、思いもよらないことが起きた。
「今でも覚えてますけど『FRIDAY』の取材で『ちょっとバイブ持ってニッコリ笑ってよ』と言われて。それがあまりに屈辱的な言い方だったから『私、フェミニストなんですよね』と言ったら『フェミニストですか。すいません』と謝られたんです。それで『なんて便利な言葉なのかしら!』と思って、名刺にフェミニストと肩書を入れたら『初めて見た』ってみんなに笑われました」
それまでフェミニズムを勉強し、資料を集めたりしていたものの、自分はアクティビストではなく「趣味でフェミニズムをやってるオタク」だと思っていたという。「私は社会運動よりも、女性が使うものを、女性が作って、女性が女性から買うという女性主体の経済の循環をしたかったんです」
'90年代から北原のことを知る、公認心理師・臨床心理士でフェミニストの信田さよ子は彼女の印象をこう語る。
「これまで北原さんのことを新しいとか古いとか考えたことがなくて、フェミニストとしての“基本のキ”というような“憤り”を忘れないでいる人として尊敬していますね。 私にとって北原さんは人間として変なことをしてないかどうか、というスクリーニングテストをしてくれる存在。
だからお友達としていられるのは私が人間として、フェミニストとして合格していることかなと思います。互いにおしゃれ好きで、美しいものが好きなところも合うし、北原さんははっきりしている人だから、これだけ長く親しくできているのかな」