小説家と編集者の軽妙なやりとりも見どころだが、真矢ミキ演じる娘や藤間爽子演じる孫との気取りのない同居生活も楽しい。映画には、実際に佐藤愛子が、お孫さんと一緒に撮り続けたという幼稚園児やコギャル、落ち武者に草苗が扮した「仮装写真の年賀状」も盛り込まれている。
「私は自分でメイクをしますから、別パターンを撮るたびに顔を変えるのは大変でした(笑)。だけど、愛子先生が、あんなに洒落っ気というか、面白みのある方だと知らなかったのでびっくりしました。あのユーモアには脱帽です」
撮影中は自分の老いと闘うので精いっぱいだった
役に合わせて眉毛を変えるなど、昔からメイクは自身でしてきた草笛。それに関してこんなエピソードがある。
『犬神家の一族』で共演した高峰三枝子さんが、草笛のメイクを気に入り、「あなた、お上手ね。次にやる舞台でお化粧をしてくださる?」と声を。その約束を果たすことは叶わなかったが、死に化粧は草笛が施した。実は親交があったジャーナリストの兼高かおるさんや、衣装デザイナーのワダ・エミさんの死に化粧も草笛が施している。
「最近は周りのスタッフやメイクさんから、『草笛さんが亡くなったら、誰が死に化粧をするのですか? 私たちは気に入らないと化けて出られるのは嫌です。だから、あと30分で……となったら、鏡とパフをお渡ししますので、ご自身でお願いします』なんて、冗談を言われたりするんですよ」
そう言って草笛は笑う。以前、出演したトーク番組『A-Studio+』の番組収録時には、草笛とスタッフのそんなやりとりを聞いて驚いた笑福亭鶴瓶が、「こんなに明るく死について話す人たちはいない」と発したほど。
常に明るいオーラを纏っている草笛は、自然体で、華やか。洋裁店を営み、時に草笛のマネージャーも務めていた母の影響もあるのだろう。
取材時の真っ赤なネイルも印象的で、それを告げると、「自分で塗ったのよ。こうやると、ピアノが上手そうに見えるでしょう?」と、ピアノを弾くかのように手をヒラヒラさせるおちゃめっぷり。「本当はこんなふうには弾けないのですけど」。
美の秘訣を知るべく小脇に携えた小さなバッグの中を見せてほしいとお願いすると、知り合いのアーティストにお願いして描いてもらったという美しい花の絵をあしらったマスクや、ピンクベージュのリップ、繊細な刺しゅうを施したハンカチといった上品な小物と一緒に、がま口を発見。「だって、このほうが使いやすいでしょ?」とケラケラ。
「特に大したことはしていないのよ」と語る草笛だが、シミひとつない肌は紫外線対策の賜物。1年中、室内にいるときでも日焼け止めは欠かさない。毎朝、梅干しと煎茶をいただく。そういった小さな積み重ねが、美の秘訣なのだろう。
等身大の90歳をエネルギッシュかつチャーミングに演じた草笛。とはいえ、撮影中は毎日、自分の老いや「億劫だ」と思う気持ちと闘うので精いっぱいだった。
体調や気持ちを調整しながらの2か月間。80人あまりのスタッフと共演者が草笛を温かく支え、国内では最高齢主演女優による痛快エンターテインメント映画が完成した。
「わざとらしく、感動させようとか、笑わせようとしていないのが良かったです。それに音楽もステキです。いい雰囲気の音楽がリードしてくれて、そこに物語がついていく感じがいいなと。撮影中は無我夢中でしたが、事務所のスタッフからは、『とてもチームワークのいい現場で、まるでへたばりかけたピッチャーを盛り立てて、みんなで甲子園優勝を目指す野球部のようだった』と聞きました。
試写を見終わったみなさんからも、『面白かった』『楽しかった』『最後の表情がよかった』などありがたい言葉をたくさん頂戴して、改めてチームのみなさんのお力の賜物だと思いました。年を取るって大変そうだけど、ちょっと楽しそう。この映画を見てくださった方に、そんなふうに明るい気持ちになっていただければうれしく存じます。90歳の私の精いっぱいを、どうぞご覧ください」
取材・文/山脇麻生