『陰陽師』“愛の告白”名場面の真実
今、73歳。文壇では年上の作家も少なくなってきた。そして、自身も'21年にリンパがんを患い、衰えを意識しないわけにはいかなくなったという。
「抗がん剤を打ちながらも原稿は書いていたんですけれども、夜中にね、のどが渇いて冷蔵庫を開けて、暗い明かりの中で麦茶を飲みながら、“ここが最終コーナーかな”って、泣けてくることもありましたね。弱気になって、一度だけかみさんに“ちょっと添い寝を頼むよ”って言って、朝まで同じベッドで寝てもらったこともあった。そのときは、気持ちが楽になって、本当に助かったんですよ。“ああ、このひとと一緒になってよかったな”って(笑)。
それでね、考えを改めたことがあった。病気になる前は“俺が先に死ぬから”とかみさんに言っていたんだけれども、かみさんが病気になって心が弱くなったら誰が添い寝をしてやるのか? “俺しかいないんだから先に死ねないな”と思ったんです」
その心情を、夢枕は『陰陽師』(烏天狗ノ巻)の『梅道人』の中に博雅のセリフとして書いた。
《晴明よ、おまえ、おれのことが好きであろう/おれには、それがわかるのだ。おまえをひとりにするわけにはいかぬ/だから、おれは決めたのだ。後に死ぬのはおれでよいとな》
「これを書いたら、“ついに来た、愛の告白!”って、BL好きの読者の反響がものすごかった(笑)。BLは特別には意識していないんだけれども、愛の告白というのはそのとおりで、かみさんとの関係が小説を書くときの役にも立っているのは事実です。だからかみさんには頭が上がらない。毎日、手を合わせて感謝していますよ」