“予備的遺言”

 齋藤さんが相談を受けた、実際に遺贈寄付をしたケースを教えてもらった。

「最も多いのは冒頭のA子さんのように、子どもがいない夫婦が、2人とも死亡した場合に遺贈寄付する遺言を同時に作成するケースです」 

 夫婦の一方が亡くなると、通常、配偶者と他界した側の親または兄弟姉妹が法定相続人に。

「例えば夫が先に亡くなった場合、遺言がないと妻は夫の親族と遺産分割協議をすることになりますが、それは妻にとってなかなか厳しい状況。そこで夫婦で同時に“夫は妻に、妻は夫に、全財産を相続させる”という遺言書を相互に作成されるケースはよくあります」

 そうするとほとんどの場合、夫が先に亡くなり、遺言によって妻が夫の財産を相続する。問題はその後。妻が亡くなったとき、財産を渡すべき夫はすでに他界しているため、妻側の遺言は実行できない。すると夫婦2人の財産は、遺言がない場合と同様に妻の親族に渡る。

「でも夫婦2人とも他界したタイミングで財産を寄付したいという意向がある場合、遺言に“夫が自分より先に亡くなっていたときは、B団体に全財産を遺贈する”といった内容を付け加えます。

 これは相続させたい人が自分より先に亡くなっていた場合に備えて、次の財産承継者を指定しておく文言で、“予備的遺言”と呼ばれています」

 子どもがいない夫婦が遺贈寄付するのは同じだが、動機がまったく異なるケースも。

「親の財産を相続、あるいはバリバリ働くなどして、妻のほうが多額の財産を所有している場合、“夫に全財産を相続させる”という遺言だと、妻の財産はまず夫に渡り、夫の死後は夫の兄弟姉妹やその子どもたちに引き継がれます。それがひっかかる、という女性は少なくありません。

 “親の財産や自分が稼いだお金を夫が使うのはいいけれど、その親族に好きに使われるのは嫌”という心理です。こういったケースでよくあるのは、妻側が予備的遺言ではなく自分の死後すぐに遺贈寄付をするパターン。例えば、“不動産は夫に、金融資産はB団体に”といった遺言で、多額の財産が夫の親族に渡るのを阻止できます」