積んでいる本がそのままインデックスになる

小川 石井さんはそのへんどうですか? 本との向き合い方とか変わりました?

石井 私、小川さんの『ゴシックと身体』(松柏社)を読んだときは、小川さんの付箋の使い方を真似してみました。

小川公代さんの付箋の使い方(『積ん読の本』より)
小川公代さんの付箋の使い方(『積ん読の本』より)
【写真】対談中の石井千湖さんと小川公代さん

小川 本当ですか。ありがとうございます。

石井 あとは山本貴光さんの本に書き込んで育てる方法も真似しちゃってますね。「マルジナリア」というやつです。

山本貴光さんは本のページの余白にメモを書き込む(『積ん読の本』より)
山本貴光さんは本のページの余白にメモを書き込む(『積ん読の本』より)

小川 あれはいいですね。山本さんは本当にもう「ザ・積ん読」みたいな写真がいっぱい載ってました。山本さんの、本そのものがインデックスになるという話、 心底共感します。物理空間はすごいんです、求めていた本が、たまたまこう、探していると、 向こうから目に飛び込んでくることがある、と。私にもそれはありますね。だから常に背表紙が見えるように置いとかないといけない。素晴らしいと思ったのは、日本語にまつわる一角があるとしたら、そこを年代順に並びかえるだけで、それが年表になるとおっしゃっている。

山本貴光さん(『積ん読の本』より)
山本貴光さん(『積ん読の本』より)

石井 そうそう、すごいですよね。背表紙の重要性。

小川 本棚をこんなふうにインデックス化されたものとして自分のためだけに使うっていうのはめちゃくちゃ贅沢な気がするんですよね。私もそういう夢の書棚みたいなのを作りたかったんですけど、コロナまでは作れなかったんです。とはいっても、とうてい山本さんや角田光代さんのような図書館のようなお家には遠く及ばないですが、小さな図書室は作りました。不思議なんですけど、過去20年ぐらいのあいだで、たぶんやろうと思ったらいつでもできたのに、コロナまではできなかった。あとあと考えたら、そこにはもしかしたら、女がこんな部屋を作ったら生意気と思われるかもしれないという無意識の恐れのようなものがあって、ジェンダーが関係していたのかもしれないとは思いました。

石井 ジェンダーを研究している小川さんでもそういうバイアスはあるんですね。

小川 そうそう。大学の研究室で十分だろうって言われるんじゃないかって。ただ残念ながら、研究室には学生が来たり、来客があったりして、そこで自分の時間を切り分けて仕事のために使うっていうのはすごく難しいんですよね。そこにコロナがやって来て、みんなリモートワークを始めたりして、そうするとそろそろ自分の仕事場を借りてもいいんじゃないかなみたいな、そういうやさしい空気が流れ始めたんですよね。ヴァージニア・ウルフの言葉で言うと『自分だけの部屋』(みすず書房)です。

石井 『自分ひとりの部屋』(平凡社ライブラリー)と訳されることもありますね。

小川 やっぱり女の人が理由もなく自分1人の部屋を持つっていうことに対する世間の偏見って、まだまだあるんじゃないかなと思うんです。ウルフの1世代前にオスカー・ワイルドという作家がいまして、ワイルドは『スフィンクス』という短編の中で、主人公の女性が家賃を払って、ある場所に部屋を借りているという話を書いているんです。

石井 わたしは小川さんのお話がきっかけで、その短編を読んでみたんです。夫を亡くした女性で、本宅はちゃんとあるんですよね。でも、都会の方に新たに部屋を借りる。

小川 語り手の男性は、てっきりその女性がその部屋で男と会っているんじゃないかという、さもしい想像をするんです。結局その女性は病気になって亡くなっちゃうんですが、のちのち管理人に聞くと、彼女はこの部屋でずっと本を読んだり、手紙を書いたり、お茶を飲んだりしてたりしていただけだ、と言うんですよ。この話って現代の日本の女性にも読んでもらいたいと思うぐらい大事な話だと思うんです。なぜ女が1人で部屋を借りてはいけないのかと。

石井 いい話なんですよね。

小川 私の場合、『自分だけの部屋』とか『スフィンクス』を読んだうえで女が部屋を持つべきかどうかという長い思索の時期があったと思うんですよね。そしてコロナに便乗して、やっと自分だけの仕事部屋を借りることができた。この部屋がなかったら、今回取材を打診してくださっても、OKは出せなかったわけですよ。来ていただいて、写真を撮っていただいた理由のひとつには、やはりこういう女性たちが過去にいたということを知ってもらいたいという思いもありました。