親から子へ受け継がれる本の山 継承される積ん読

石井 わざわざ部屋を借りないと本が読めないくらい抑圧されていた当時の女性たちは、では実際はどこで本を読んでいたんでしょうか?

小川 19世紀には少しずつですが図書館ができて、女性も利用できるようにはなってきていました。ところが残念ながらウルフの1世代前の女性は、図書館を利用する権利を持たなかった。ウルフの場合は特別ですね、お父様が知識人だったんです。レズリー・スティーヴンという有名な文豪なのですが、だから当然、本もただで読めちゃうわけですよ。ここで『積ん読の本』でも隠しテーマとなっていた、「継承する本」というテーマが出てくるんですよね。

石井 言われてみればそうですね。

池澤春菜さん(『積ん読の本』より)
池澤春菜さん(『積ん読の本』より)
【写真】対談中の石井千湖さんと小川公代さん

小川 池澤春菜さんの御祖父は福永武彦さんであり、父親はかの有名な池澤夏樹さん。で、その春菜さん曰く、もう自分の実家がどこの図書館よりも図書館みたいだった。という。春菜さんも小説集出されたんですよね。『わたしは孤独な星のように』(早川書房)。読みました。

石井 いいですよね〜。

小川 ぜひみなさんにも読んでいただきたいです。池澤家に連綿と続いてきた「知の遺産」みたいなものがあったとしても、春菜さんの世界観ってまったく違うなと思いました。「糸は赤い、糸は白い」っていう作品はもう完全なSFです。

石井 人類ときのこが共生関係になる未来を舞台にしたガール・ミーツ・ガール小説。思春期になると好きなきのこを選んで移植できるんですよね。大好きです。

小川 春菜さんのお父様、夏樹さんも、実は若いころすごくSFが好きだったようですね。春菜さんがお父さんの書庫に入り浸ってる時に、パパ、私はこのあたりの本が好きだなと言ったのが、ちょうどSFがまとまっていたあたりだったという。

石井 継承しつつも自分色に変えていくのはやはりおもしろいですよね。

小川 実はメアリ・シェリーもそうなんですよ。お父さんが本屋さんなんです。

石井 それは知らなかったです。

小川 意外ですよね。いつもお金回りが悪くて、借金こさえて大変だったらしいのですが。でも、 本屋であるおかげでホメロスの『イリヤス』みたいなすごい値打ちがあるレア本みたいなものも読める。

石井 うらやましいですねぇ。

小川 ブロンテ姉妹もそうですね。姉妹のお父さん、パトリック・ブロンテは英国国教会の牧師だったわけです。ケンブリッジ大学を卒業していて、根っからの本好きです。手に入れたすべての本を自分の書棚に保管していた。そうした所蔵してたものを読むことで、娘は教育を受けられたわけです。だからウルフよりも以前の女性たち、18〜19世紀の女性たちは、自分で本を読んで、独学で勉強して、やっと本が書けるようになったんですよ。ジェーン・オースティンもそうですよね。そういう意味では、継承する積ん読において、ジェンダーの意味ってすごくあるんじゃないかなと思ったんですね。『積ん読の本』でいうと池澤春菜さんとしまおまほさんです。これがたまたまお2人とも女性なんですよ。

石井 たしかに! それは意識していませんでした。