結果を出すため、もがき苦しんだその先に

映画監督・白石和彌(49)撮影/矢島泰輔
映画監督・白石和彌(49)撮影/矢島泰輔
【写真】映画の世界で生きることを決めた高校時代の白石和彌

 '99年に実際に起きた凶悪殺人事件を題材にした、映画『凶悪』を撮り、数々の映画賞を受賞。

 白石は映画監督として華々しいキャリアをスタートさせたかに見えた。しかし実生活は、火の車だった。

「妻が働き、私は幼い娘の世話をしながらアルバイトをする生活。妻から“一体いつになったらお金を稼いできてくれるんですか”と言われたこともありました。映画賞でもらった150万円もすぐに生活費で消えました。スーパーの野菜の棚卸しの面接に行って落ちたときはショックだったな」

 助監督時代とは打って変わって年収100万円にもいかないのが映画監督の実態。当時を知る脚本家で、前出の池上は監督として苦しむ白石についてこう振り返る。

「『凶悪』で賞を取ったから順風満帆かと思っていました。

 ところが知人の葬式で会ったら暗い顔をしている。理由を聞いたら原作モノの企画が通りそうだったのにダメになったと落ち込んでいました。いくら企画を立ち上げても撮影に入らないとお金にならない。監督業はつらい仕事なんです」

 見るに見かねて池上が温めていた企画を白石に託した。すると数か月後に企画が通ったと連絡があった。これが3作目になる『日本で一番悪い奴ら』である。

 監督として必死にもがき苦しむ白石。結果が出なければ、監督を廃業するしかない。そうした思いで一作一作精魂込めて映画と向き合った。

 そんな白石が沼田まほかるの原作に惚れ込み映画化したのが蒼井優と阿部サダヲがW主演する恋愛映画『彼女がその名を知らない鳥たち』('17年)である。

「僕にはキラキラした恋愛映画のオファーは来ません。恋愛経験の少ない僕なりに描ける愛はないか。そんなことを考えていたときに出会ったのがこの原作です。人間は不完全な生き物だからこそ愛おしい。汚くて不気味な陣治(阿部)が、実は無償の愛を秘めたヒーローのような人だと十和子(蒼井)が気づく。その瞬間の十和子の表情が撮りたくてこの映画を作りました」

 この作品で蒼井は日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。ラストシーン。オレンジ色の光の中で魅せた十和子の表情こそ、白石監督が描く恋愛映画の名場面として永遠に語り継がれるに違いない。

バイオレンスアクションを突き詰めて

“ハードボイルド”とは真逆な柔和で物静かな口調でインタビューに答える白石(撮影/矢島泰輔)
“ハードボイルド”とは真逆な柔和で物静かな口調でインタビューに答える白石(撮影/矢島泰輔)

 映画監督・白石和彌の評価を決定的なものにした作品をひとつ挙げるとしたら、迷うことなく『孤狼の血』('18年)だろう。

『孤狼の血』は清濁併せのむベテラン刑事の大上(役所広司)と清廉な若手刑事・日岡(松坂桃李)の相反するバディムービー。警察と暴力団組織、マスコミがそれぞれ自分の追い求める正義や復讐に向けて突き進んでいく。

 強烈なバイオレンスと秀逸なストーリーテリングによって灼熱を帯びた人生を生きる男たちを描き、コンプライアンス重視の世相に風穴をあけた。

 まるで『仁義なき戦い』シリーズを思わせるような作品に、東映からオファーがあった際、撮らなければ絶対に後悔すると思い、白石は引き受けた。

「『仁義なき戦い』の時代は、スタッフや俳優陣がモデルになったヤクザと兄弟分になってリアルに撮っていた。今あれをやったらリアリティーもないし、ファンタジーになってしまう。主人公を役所さんが引き受けてくれなかったら、実現できなかったと思います」

 ハリウッドデビューも果たした国際的なスターの役所を迎えて、さすがの白石も緊張したという。

 思い出すのは撮影初日のファーストカット。カットがかかると、

「いやぁ緊張した。俺、ヤクザに見えていたかな、監督」

「いやいや、ヤクザじゃないから。ヤクザっぽい警察です」

「あ、そうだ。俺、警察!!」

 このやりとりにはスタッフも大爆笑。一気に現場の空気が和んだという。

「これも僕らの緊張をほぐすためにやってくれたんじゃないかな」

 そう白石は当時を振り返る。

『孤狼の血』は'18年5月に封切られ、興行収入8億円に迫るヒットを記録。さらに同作は日本アカデミー賞で作品賞、監督賞など優秀賞12部門。役所広司の最優秀主演男優賞、松坂桃李の最優秀助演男優賞など最優秀賞4部門を受賞する快挙を成し遂げた。

 しかし'21年に公開された続編『孤狼の血 LEVEL2』は、コロナ禍でもあり製作は困難を極めた。

「前作が続編を意識せず、柚月裕子さんの原作とは違う結末を描いてしまったため、続編はオリジナル脚本で勝負することになりました。ところが私がフジテレビの連ドラが終わったばかりでまったく書けなかった。何も言わずに待ってくれた白石監督には感謝しています」(池上)

 こうしてできあがったオリジナル脚本は思っていた以上に素晴らしかった。

「何といっても日岡と超弩級のヤクザ、上林(鈴木亮平)の対決が魅力的に描かれていた。そしてヤクザを描くには不可欠の差別問題を入れたことで、物語により深みが加わったと思います」

 ラストの日岡と上林のカーアクションを含む死闘が、広島県呉市で3日間にわたって撮影され、手に汗握るハードアクションの連続に観客は酔いしれた。前作を上回る高収益を上げた『孤狼の血 LEVEL2』。

 くしくも『仁義なき戦い』から50年余りがたち、白石は東映の王道をいくバイオレンスアクションを撮れる監督として、確固たる地位を築くこととなった。