真っすぐな気持ちで小説を書き続けている

柚月さんは23歳で長女を、26歳で長男を出産している。子育てが一段落したころから県内で開催されている『小説家になろう講座』に参加し始め、40歳のときに『臨床真理』で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しデビューした。
柚月さんの代表作のひとつである『孤狼の血』(KADOKAWA)の担当編集者・山田剛史さんは、デビュー当時の柚月さんを知る人物のひとりだ。
「『臨床真理』を読み、精神疾患のようなデリケートな問題に挑戦されていると感じました。芯のある人物を描かれる点にも興味をひかれ、一度お会いしたいと思い山形に向かいました」
その後『小説 野性時代』の編集長となった山田さんは柚月さんに連載を依頼。2014年から掲載されたのが『孤狼の血』だった。
「もともと柚月さんは『仁義なき戦い』のような作品を書きたいとおっしゃっていました。アウトローを題材にした小説だと、黒川博行さんらの人気作家がすでにいたのですが、柚月さんは、それでも書きたいと。その気持ちが突破口となって、『孤狼の血』は柚月さんの代表作になったのだと思います」
また『新宿鮫』シリーズなどのベストセラー作品を持つ小説家・大沢在昌さんは、柚月さんについて次のようなエピソードを語ってくれた。
「彼女は2013年に『検事の本懐』で、僕が選考委員を務める大藪春彦賞を受賞しました。そのとき、僕にはっきりと“これからも小説を書き続けて、小説家として成功したい”と言ったんですね。
小説家というのは承認欲求の塊みたいな生き物ですから“もっと売れたい”“もっと認められたい”と思っているもの。格好をつけてその気持ちを隠す人が多い中、彼女は素直に言葉にしました。そのときに“この人は伸びるだろうな”と思いました」
その後、大沢さんが選考委員を務める吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞の候補作になったのが『孤狼の血』だった。
「正直なところ、僕は『孤狼の血』を評価していなかった。だから、吉川英治文学新人賞には落ちたんです。厳しい言葉でダメ出しをしたところ、彼女は僕の前で悔し泣きをしたんです。それは落とされたことへの悔しさではなく、もっといい小説を書きたいという気持ちの表れでした」
『孤狼の血』は他の選考委員の声によって日本推理作家協会賞を受賞した。
「僕が選考委員を務めているので、彼女は受賞をあきらめていたんでしょうね。受賞が決まった後、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして現れたことをよく覚えていますよ」
ちなみに、柚月さんの趣味のひとつはゴルフで、きっかけは大沢さんのすすめだった。
「強くすすめた覚えはないんですけど“プレー中は他のことを考えなくてすむし、息抜きになるよ”といったことを話した後、“ゴルフを始めました”と連絡がありました。彼女のコースデビューは僕も一緒に回りました。
僕の経験では特にスポーツをやっていたわけでもない50歳近くの女性がゴルフを始めても、あまり上手にならない。でも、彼女の場合は小説と同じで、“ゴルフがうまくなりたい”と真っすぐな気持ちで頑張ってうまくなってきた。彼女の目標は、ゴルフと小説で僕を泣かせることだそうですから」
大沢さんの言葉は、柚月さんの取材中に今後の目標を尋ねたときの回答に重なる。
「ずっと作家であり続けたいと思っています。いろいろなものに触れて、人として、作家としてもっと成熟して、死ぬまで作家であり続けられるように頑張っていきたいと思っています」(柚月さん)
兄のような存在でもあるという大沢さんは、柚月さんが“大きな作家になること”を期待しているそうだ。
「彼女は決して器用な人ではないと思うんですね。そういうタイプの小説家はひとつのパターンにこだわるものなんです。けれども、彼女はいろいろなものにチャレンジしている。もちろん、必ずしもそれが常にうまくいくわけではないけれど、彼女は失敗を恐れない。こういう人は大きくなりますよ。どんどん大きな作家になって、銀座で彼女に奢ってもらえる日が来ることを期待しています(笑)」