鎌倉の「ビブリア古書堂」の若くて美しい店主・篠川栞子と、本が読めない無骨な青年・五浦大輔が、古書にまつわる謎や秘密と古書に関する人間模様を解き明かしていく『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズ。累計600万部を突破する人気小説の最新刊は『ビブリア古書堂の事件手帖6~栞子さんと巡るさだめ~』。今作は太宰治の稀覯本が登場し、50年前の出来事と現在が交錯しながら物語が展開していく長編小説に仕上がっている。

「前作の最後に太宰治の稀覯本に関する人物が登場したので、太宰治を取り上げることになるだろうなとは思っていました。ただ、短編にするか長編にするかは決めかねていて。というのも、太宰治は熱狂的なファンが多い作家ですから、長編で1冊まるまる太宰を取り上げることに尻込みしたんですね。だから初めは、太宰のほかに、彼の親友だった檀一雄や坂口安吾といった無頼派の作家を取り上げようとも考えていましたが、調べるうちに太宰治の面白いエピソードが見つかったので、思い切って長編に決めたんです」(三上さん)

 今シリーズの作品はすべて、作家と作品、その背景や周辺事情を調べるところから始まっているという。

「材料がないとアイデアが浮かばないんです。今回はまず、太宰周辺の関係者の手記を読み、その中で名前が出てきた人の本を読む、ということを繰り返して、太宰を取り巻く世界をどんどん広げて情報を仕入れました。太宰治の全集を含めて、資料として200冊は手に取ったと思います」(三上延さん)

 自殺未遂や心中未遂を繰り返し、薬物に溺れた太宰には、“ダメ人間”という印象がつきまとう。三上さんの目には、太宰治という作家はどう映るのだろう。

「この作品を書くにあたって太宰を調べることで、印象が変わるかなと思っていたんです。でも、イメージ以上の人物であることがわかりました。特に、師匠でもある井伏鱒二にかなりの迷惑をかけていたことに驚きました(笑い)」(三上さん)

 例えば、次のようなエピソードがあるという。

「太宰が急にいなくなり、周りの人たちは自殺をするんじゃないかと心配し、井伏鱒二は帰宅を促す新聞広告を出したんです。結局、しばらくたってから帰ってきたのですが、自分を心配してくれた人たちに挨拶もしないで自室に行ってしまいました。こんなふうに、何か不始末があると井伏に尻拭いをしてもらっていたような状態で。ダメな人だったのですが、でも、才能を認められ、周りの人たちに愛される人物でもありました」(三上さん)