取材ではとても穏やかに話す南田さんですが、介護で試行錯誤する間、怒りが爆発してガラステーブルを素手で叩き割ったり、ドアを壊したり、まったく記憶のない恐ろしい行動などもあったそうです。
「認知症は人格がガラッと変わってしまうので、見ているほうも戸惑うんです。昨日できたことが今日はもうできない、去年と今年で全然違うことに苛立って、こっちもパニックになってしまうんです。それでついカッとなって夫を罵倒することもありました。それまでの私は、夫に対して嫌なところが全然なかったんですよ。何でも夫がやってくれていたから、自分にこんなに激しい部分があったなんて初めて知ったんです」
しかし、飼い犬のななこちゃんがご主人を守るように振る舞い、ハッとさせられることも多かったそう。
「ななこは私が夫を罵倒すると、夫の横でクンクンと鼻を鳴らして守っていました。私が怒りにまかせてクッションをぶつけたりすると、猫たちは驚いて逃げるんですけど、ななこだけは逃げなかったですね」
最初は余命2年と宣告された夫。しかし現在7年が過ぎ、有料老人ホームに入っていたご主人は自宅へ戻り、昼はデイサービス、夜は訪問看護による自宅介護をしているそうです。
「介護って、自分の鏡なんです。こちらが笑顔と愛情を注ぐと、向こうも応えてくれる。でも、こちらが希望や未来を捨ててしまうと、相手もわかるんですよね。そうなってしまうと、お互いに首の絞め合いになってしまう。ですので、とにかく介護は7割をプロに任せて、3割は家族がスマイルするのがいいんです」
「夫は私がいると、スマイルしてくれるんです。ただ、その顔を見て、“あぁよかったな”と思うまでには、介護の山を3つくらい越えないとわからない。今は朝起きて“おはよう”と言うと、パチッと目を開けてニコッと笑ってくれるだけでいい。何かができるとか、よくなるとか、そういうことはもう求めていないし、それは2つ目の山に置いてきましたから(笑い)。誰にでも回ってくる介護のカードは、決してジョーカーではありません。そのカードをハートのエースにするかどうかは、介護者次第なんですよ」
渡辺淳一さんに「その体験を書くべき」と背中を押されたという南田さん。「先生は“介護、子育て、恋愛は向き合ってはいけない。お互いに一点しか見なくなっていいところを見つめ合おうとしない。一点を見つめすぎると大事なものが見えなくなる”とおっしゃっていました」。渡辺さんの素敵な言葉は、本書にもたくさん収められています!(取材・文/成田 全)