半世紀の歴史に幕を閉じる昼ドラ。辛口コラムニストの今井舞氏に、昼ドラの思い出を綴ってもらった。


 昼ドラマが終了する。

 始まった当初は、NHKの朝ドラとあまり大差ない内容で、「女の目から見た世界」を描いていた昼ドラだが、だんだんと「毎回楽しみにしている」とは人に公言しにくい偏りを見せるようになった。

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『牡丹と薔薇』(C) 東海テレビ/ビデオフォーカス

 朝ドラや夜のゴールデンタイムに放映される恋愛ドラマが、たとえ「女向け」といっても、「女以外の男や子どもや老人も見る」ことを前提に作られているのに対し、昼ドラは「女向け」のみを煮つめるがごとく、とことん突きつめ差別化し、女にしかわからない「生理的な物語」を供給する専門枠となった。

 まだSNSのなかった時代、女たちは心の奥のひそかな湿り気を、昼ドラを介して共感しあってきたのである。

 ポーラテレビ小説の『文子とはつ』('77年)の「乳姉妹」といった、粘度の高い設定。東海テレビの『愛無情~日本ジャンバルジャン物語~』('88年)『新金色夜叉・百年の恋』('90年)といった身もフタもないタイトルのベクトル。

 『愛の劇場』(TBS系)の、小川範子、中澤裕子、森尾由美、鈴木亜美といった、錚々たる元アイドルの再雇用市場っぷり……。その懐の広さ、もはや宇宙。

 女の共感の場としての役割を終え、消滅する昼ドラであるが。「昼ドラじゃあるまいし」「まるで昼ドラみたい」といったコンセンサスは広く浸透したまま、それが消える日はないと思われる。昼ドラとは、ある意味、ひとつの文化だったのだ。

 昼ドラはなくなっても、世の中から「昼ドラ的」なものがなくなることはない。失って初めて心安らかに思いを馳せられる、日本女性の心の徒花。さようなら、そしてありがとう。昼ドラフォーエバー……!