目の前で人間が真っぷたつに……

 国際社会も短期的な解決は厳しいと判断し、現在はシリア難民問題を中長期に解決しようと動いている。難民キャンプ地では、教育のほかに手に職をつけられるようにと職業訓練施設も備えている。

「PTSDになった子どもには心理社会的ケアもしています。でも、そこで働く先生は“一生影響が出るだろう”って。ISILは、信じられないことに自宅の目の前に地雷を設置するそうです。玄関を出た目の前で人間が真っぷたつになる姿を見た子どもたちもいます。現地では過去を掘り起こすような会話は厳禁なのですが、子どもたちのほうからエピソードを話し始めるんです。どこかで吐き出さないとめいってしまうのかもしれません

5年間、キャンプの仮設家屋で暮らしている家族。「祖国でシリア国民として尊厳を取り戻したい」と願うこの家族は、6年前までは中流家庭として普通に暮らしていた
5年間、キャンプの仮設家屋で暮らしている家族。「祖国でシリア国民として尊厳を取り戻したい」と願うこの家族は、6年前までは中流家庭として普通に暮らしていた
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 アグネスさんは、“忘れられない出来事”があると話す。

「日本語を教えてほしいというので、“今日、家に戻ったら家族に『愛している』と言ってあげて”と伝えたんです。すると子どもたちは、“愛している”と私たちとハグをしながら練習を始めたんです。とっても素敵な笑顔で!(笑)子どもたちから子どもらしさを奪ってはいけません」

 そのうえで、「難民を受け入れた社会がよくなったという現象を作っていくことが重要」だと訴える。

「シリアのケースは、遠い国の出来事ではありません。普通の暮らしをしていた人が、ある日突然、有事によって避難をする。あるいは、隣国の人たちが避難をしてくる。そのときに私たちはどうするのか? シリアの現状を知ることは大事なこと。ひとりでも多くの日本人にこの状況を理解してもらい、協力の可能性を模索し続けることが未来を作ることにつながると思います

※シリア内戦とは?
 アラブ世界で巻き起こった大規模反政府デモ“アラブの春”が、2011年3月にシリアにも飛び火。アサド政権に対する民主化運動が、ほどなくして政権打倒の軍事的革命に変質してしまったことで内戦が始まる。ロシア・中国・イランがアサド政権をバックアップし、反体制派をアメリカ・トルコ・ヨーロッパ諸国が支持することから、国際社会では欧米と露中、中東社会ではトルコとイラン、そしてシリア国内ではアサドと反アサドが反目し合う、複雑な内戦事情を作り出している。また、イスラム過激派組織のイスラム国(ISIL)を筆頭とした多数のテロ組織も介在しているため、誰が誰と戦っているのか不透明な内戦として泥沼化しているだけに、今後も多くの避難民が生まれると予想されている。

<プロフィール>
1955年、香港生まれ。'72年『ひなげしの花』で日本デビューし一躍トップアイドルに。上智大学を経てカナダ・トロント大学(社会児童心理学)を卒業。'92年、米国スタンフォード大学教育学博士課程修了、教育学博士。5月23日に東京・中野サンプラザで『アグネス・チャンコンサート~朗らかに歌う~』を開催。詳細はMIN-ONのHPで。
http://www.min-on.or.jp/play/detail_12376.html