音楽専門誌『スイングジャーナル』でジャズ評論家デビュー。エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、マイケル・ジャクソンと交流し、戦後、女性初の音楽評論家として、また作詞や翻訳、ラジオDJとしても活躍してきた湯川れい子さん。男性中心社会で直面した壁、新しい時代を生きる女の覚悟、母親や元夫の死、そして新型コロナに感染したことで変化した死生観に迫る―。
元夫の多額の借金と愛人
《大切な無二の親友だった人が、花吹雪に乗って、彼方の世界に旅立って行きました》
今年4月14日、音楽評論家で、『ランナウェイ』『六本木心中』などの作詞をしたことでも知られる湯川れい子さんはツイッターで、そうつぶやいた。
「無二の親友というのは、私の元旦那、つまり離婚した元夫のことなんです。勝手でおめでたい性格の人だから、“元旦ちゃん”って呼んでいました(笑)」
湯川さんは37歳のときに5歳年下の男性と結婚し、40歳のときに長男を出産したが、'96年に離婚。その元夫が亡くなったのだった。
「そもそもは新型コロナに感染したのがきっかけでした。ICUに入るほど重症の肺炎だったんですけど。頑張って回復して、陰性になり、一時は元気になって。あとは体力を回復するだけだからと、リハビリ病院に移って4日後、脳梗塞を起こして突然意識不明になり、そのまま─。彼は、ここ15年くらい、私の男性の友達では、いちばんの親友だったんですよね」
今は“親友”という元夫だが、結婚して約20年後に壮絶なトラブルを起こした相手でもある。多額の借金を抱え、愛人がいることが発覚した。
「彼からいきなり、外に子どもができた、しかもそれが双子ちゃんだと知らされて……。最初、私が引き取って育てようともしたんですけど、そこから話はこじれにこじれて、結局離婚することになってしまいました。私もですけど、息子も大きく傷ついた形になってしまいましたね」
夫と暮らした自宅は競売にかけられ失い、一時は住む場所にも困る事態に陥った。ショックから湯川さんは体調を崩し、かなり長い間苦しんだという。そんな大きな裏切りをした元夫が、なぜ無二の親友となったのか。
「時間はかかりましたよ。時間はかかりましたけど……。元旦ちゃんは新しい結婚生活がうまくいかなくなって、いろいろモメて離婚。
それからは独身生活を送ってたんですけど、15年前ぐらいに、心筋梗塞で倒れ、さらに脳梗塞を起こして、少しマヒが残ってしまった。そのころからはまた、何かと頼りにされるようになって(笑)。
“よく許せたわね”と、まわりから言われるんですけど、元旦ちゃんもいろいろ苦労をしたようで、本当に丸くなって、人間が変わったように、どこか可愛らしい人になっていたんですよ。
子育ての苦労や、相手に裏切られるつらさを味わったりして、お互いわかり合える存在になれたんでしょうね」
お孫さんにも会う機会を設け、楽しい時間を過ごすようになったそうだ。
「いいかげんなんですけど、正直でどこか憎めない人でね。最後の入院中、息子がお見舞いに行ったときに、看護師さんが排便の処理をしてくれないって、口汚く大騒ぎしていたらしくて。息子が“おふくろが紹介してくれた病院で、そんなみっともない言葉を使うなよ”と注意したそうなんです。
そしたら、わかったよと、“看護師さん、ウンチが出てくださいました”って言ったんだって(笑)。もう私はあきれて、笑っちゃいました。
そのときはまだ元気だったから、《頑張ってよ。愛してるからね》とメッセージを送ったら、《ありがとう。俺もあなたに初めて言うけど、I love you,I love you,very very much.》という素敵なメッセージを送ってくれたんです。それが遺言になっちゃった─」
そう語るとき、いつもは明瞭な湯川さんの声が震えた。