「“シリアには色があるの。花が咲き乱れて、川が流れていて、たくさんの木々がある。食べ物も色とりどりで、本当にカラフルな国。こことは全然違うの”と、話しかけてくれた子どもたちの笑顔が忘れられない」
そう語るのは4月にシリア近隣3か国(ヨルダン・レバノン・トルコ)の難民キャンプ地を訪問したユニセフ・アジア親善大使を務める歌手のアグネス・チャンさん。現在、シリアを脱出した難民は約1000万人ともいわれ、シリア内戦勃発から約6年の月日がたとうとしている。
「2010年までシリアは比較的安定した国で、数十年にわたって続いたユニセフの支援からの卒業も間近でした。普通に旅行することも可能で、乳幼児の予防接種率は80~90%、義務教育にいたっては95%の子どもたちが享受できる環境にあったほどインフラも整備された国だったんです」
ところが、“アラブの春”に端を発するシリア国内の民主化運動が肥大化し、イスラム国の台頭などにより社会的サービス網が完全に壊滅。身の危険を感じた多くのシリア国民が祖国を追われ、いま現在まで“21世紀最大の人道危機”は続くこととなる。
「最大のシリア難民の受け入れ先であるザータリキャンプ(ヨルダン)をはじめ、多くのキャンプ地は砂漠の中にあります。故郷とは全く異なる環境で暮らすことは、精神的にも肉体的にもつらいこと。経済的にも困窮しているため、女児の7割は15歳前後での結婚、いわゆる児童婚をさせられます。イスラム教では4人まで妻を持つことを許されており、児童婚も当たり前なのです。そうして現地の人と結婚し、3000ドルほどの結納金をもらうことで生計を手助けする。一方、男児は低賃金であっても働いて家族のサポートをしなければ暮らしていけません。戦争は、子どもをものすごく早く大人にしてしまうんです」
子どもたちにはまず教育が必要
それだけではない。子どもたちには、過酷な状況下だからこその悪魔のささやきも迫る。テロ組織が近づき、「お金が欲しくないのか?」「現状を変えたくないのか?」などとリクルートをすることも少なくないというのだ。
「だからこそ、“教育”が必要なんです。今の子どもたちが憎悪の心で生きていかないように、健全な教育で正しい道筋を作っていかないといけない」とアグネスさんが力を込めるように、現在、ザータリキャンプにはユニセフなどの支援により学校が14校設置され(難民児童の就学率78%)、トルコの難民キャンプ地でも学校の建設が進んでいる。
「教鞭をとる先生の中には、何か月も給料をもらっていない人もいます。それにもかかわらず無償で教え続けるのはイスラムの教えがあるからです。滞在中、空腹で泣いている女の子にお菓子をプレゼントしたことがありました。すると、その子は何も言わず、その場にいたほかの子どもたちにお菓子を分け与え始めたんです。大人の私だってそんなことできるかわからない。涙が出てきました」
困っている人がいたら助け合う─。それもイスラム教の教え。一方で、そのイスラム教が原因で戦火が激化しているのは皮肉としか言いようがない。
「アフリカ諸国のような貧しさから生まれた負の連鎖ではなく、中東特有の複雑な理由で事態が悪化している。今では難民や移民問題がクローズアップされ、イギリスのEU離脱やトランプ大統領誕生にまで影響を及ぼしています。私自身、このようなケースは見たことがなく、極めて深刻な状況だと痛感しました」
増え続ける難民に対処できず、現在、近隣3か国の国境は封鎖状態。重い病気を患っているなど特例を除いてシリア国外に脱出できない状況が続いている。
「キャンプ地に行ける人とそうでない人。各キャンプ地の設備の優劣もあるため、シリア難民が多層化していることも問題となっています」